徳川

とくがわTokugawa

全国5373位 ・ 約1,920人

徳川(とくがわ)は、上野国新田郡徳川○から起こる。

56件の公開家系図に 132人

基本情報

読み
とくがわ
ローマ字
Tokugawa
全国順位
全国5373位
推計人数
約1,920人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

徳川をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Tokugawa読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 上野国(群馬県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

徳川(とくがわ)は、上野国(群馬県)新田郡徳川○から起こる。江戸将軍の発祥地と伝えられるため、近世、邑田四百石は租税・課役を免除され、いわゆる作り取りの特典を持ち、かつ守護不入で、邑長の正田氏が○内を収め、刑罰を管掌した。始祖義季以来の館跡は、その邸宅および東照宮の祠のあたりで、東西一つ、南北一町四十余間、御館址と称するという。 「上野国志」に「徳川○は、いつの頃からか勢多郡と称するが、勢多郡とは遠く隔たっていて接していない。その誤って伝わった理由は詳らかでない。これはすなわちこの家の姓氏の地であって、今は貫役免除の○である。まことに尊ぶべき村名である」とある。 【1】清和源氏新田氏族 ― 前述の上野国徳川○から起こる。新田氏の一族で、「尊卑分脈」に……(引用はここで途切れている)

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

德川トクガハ上野國新田郡德川〓より起る。江戶將軍の發祥地と傳へらるゝが故に、近世、邑田四百石は租稅課役を免除せらる、所謂·作リ取りの特點を有し、且つ守護不入にて、邑長正田氏·〓内を收め、刑罸を掌りき。始祖義季以來の館跡は、その邸宅、及び東照宮祠のほとりにて、東西一つ、南北一町四十餘間、御館址と稱すとぞ。上野國志に「德川〓は、何の時よりか、勢多郡と稱するも、勢多郡とは遠く隔たりて相接せず。其の誤傳の所以を詳にせず。是れ卽ち當家姓氏の地にして、今は貫役免除の〓也。誠に欲敬すべき村名也」と。 1〓和源氏新田氏族前述上野國德川〓より起る。新田氏の一族にして、尊卑分脈に……

姓氏家系大辞典 第4巻 276コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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