徳川吉宗のイメージイラスト

徳川吉宗

とくがわ よしむね

1684年〜1751年

江戸時代生まれ徳川

江戸幕府第8代将軍、紀州藩第5代藩主

紀州藩(現在の和歌山県)の藩主から迎えられた、江戸幕府の第8代将軍です。

肖像は当サイトが用意したイメージイラストです。実際の肖像画・写真ではありません。

基本情報

生年
1684年
没年
1751年
時代
江戸時代
名字
徳川
肩書
江戸幕府第8代将軍、紀州藩第5代藩主
出典
徳川吉宗の家系図、日本の歴代為政者

この人について

紀州藩(現在の和歌山県)の藩主から迎えられた、江戸幕府の第8代将軍です。徳川家康の曾孫にあたります。

享保の改革と呼ばれる立て直しを進め、倹約令、新田開発と年貢の定免法、目安箱の設置、裁判の基準をまとめた公事方御定書、大岡忠相の登用などで知られます。実学のための漢訳洋書の輸入もゆるめました。

この略歴は、広く知られている事実をもとに当サイトが書いたものです。下の家系図・家族は、みなさんが公開した家系図の記録です。

家系図(近い家族)

徳川吉宗を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

徳川綱教松平次郎吉徳川家重芳姫徳川宗武徳川源三徳川宗尹徳川宗直竹姫利根姫尊胤入道親王真宮理子本徳院古牟深心院梅徳川吉宗深徳院大久保須磨子覚樹院久免浄円院もん徳川光貞徳川頼職徳川家継
養子
養子
養子
養子
養子
養子
徳川綱教
長男
和歌山藩第3代藩主
1665年1705年5月
松平次郎吉
次男
1667年1679年
徳川家重
長男
江戸幕府第9代将軍
芳姫
長女
徳川宗武
三男
田安徳川家初代当主
徳川源三
四男
徳川宗尹
五男
一橋徳川家初代当主
徳川宗直
紀伊和歌山藩第6代藩主
竹姫
利根姫
尊胤入道親王
真宮理子
徳川吉宗御簾中
本徳院古牟
徳川吉宗側室
深心院梅
徳川吉宗側室
徳川吉宗
四男
江戸幕府第8代将軍、紀州藩第5代藩主
1684年1751年
深徳院大久保須磨子
徳川吉宗側室
覚樹院久免
徳川吉宗側室
浄円院もん
長女
徳川光貞側室
1655年1726年7月8日
徳川光貞
長男
紀州藩第2代藩主
1627年1月28日1705年9月25日
徳川頼職
三男
和歌山藩第4代藩主、越前高森藩主
1680年2月17日1705年10月25日
徳川家継
江戸幕府第7代将軍
100%

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人物相関図

徳川吉宗をめぐる人物を、朝廷・一族・味方・争った相手に分けて並べ、矢印で関わりを示しています。それぞれの帯の中は生まれた年の順です。

徳川家康

1543〜1616

曾祖父・初代将軍

徳川吉宗

1684〜1751

江戸幕府 8代将軍

徳川家重

1712〜1761

長男・9代将軍

徳川宗武

1716〜1771

次男・田安家の祖

室鳩巣

1658〜1734

儒学者

荻生徂徠

1666〜1728

儒学者

大岡忠相

1677〜1752

江戸町奉行

青木昆陽

1698〜1769

儒学者・蘭学者

新井白石

1657〜1725

家宣・家継の側近

徳川宗春

1696〜1764

尾張藩主

徳川家
登用した人
退けた相手
100%

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線の見方

  • 血縁・婚姻
  • 同盟・主従
  • 対立・戦い
  • 影響・任官など
  • 矢印は働きかけの向き
相関図を一覧で読む
徳川家
人物生没年肩書本人との関わり
徳川家康1543〜1616曾祖父・初代将軍1603年に江戸幕府を開いた初代将軍。吉宗は家康の子・頼宣が興した紀州徳川家の出身にあたる。
  • 曾祖父
徳川吉宗本人1684〜1751江戸幕府 8代将軍紀州藩主から迎えられた8代将軍で、家康の曾孫。享保の改革を進め、目安箱の設置や公事方御定書の制定を行った。
徳川家重1712〜1761長男・9代将軍吉宗の長男。1745年に将軍職を譲られて9代将軍となったが、吉宗は大御所として政務を見続けた。
  • 1745徳川吉宗が将軍職を譲る
徳川宗武1716〜1771次男・田安家の祖吉宗の次男。江戸城田安門内に屋敷を与えられ、御三卿の一つ田安家を興した。国学・和歌にも通じた。
  • 徳川吉宗が田安家を立てさせる
登用した人
人物生没年肩書本人との関わり
室鳩巣1658〜1734儒学者朱子学者。新井白石の推挙で幕府の儒官となり、吉宗の侍講として信任を受けた。
  • 徳川吉宗が侍講として重用
荻生徂徠1666〜1728儒学者古文辞学を唱えた儒学者。柳沢吉保に仕えたのち、吉宗の諮問に応えて政治の意見書『政談』を著した。
  • 荻生徂徠が『政談』を著して献じる
大岡忠相1677〜1752江戸町奉行1717年に江戸町奉行に登用され、町火消の組織や小石川養生所の設置に関わった。のちに寺社奉行となった。
  • 1717徳川吉宗が町奉行に登用
青木昆陽1698〜1769儒学者・蘭学者甘藷(サツマイモ)の栽培を広めた儒学者・蘭学者。吉宗の命で野呂元丈とともにオランダ語を学んだ。
  • 徳川吉宗がオランダ語を学ばせる
退けた相手
人物生没年肩書本人との関わり
新井白石1657〜1725家宣・家継の側近朱子学者で、6代家宣・7代家継のもとで正徳の治を進めた。1716年に吉宗が将軍となると政務から退いた。
  • 1716徳川吉宗が政務から退ける
徳川宗春1696〜1764尾張藩主尾張藩主。吉宗の倹約政策とは逆に規制をゆるめる政治を行い、1739年に隠居・謹慎を命じられた。
  • 1739徳川吉宗が隠居・謹慎を命じる

この相関図は、広く知られている事実をもとに当サイトが人物と関わりを選んで記したものです。下の家族欄・家系図は、みなさんが公開した家系図の記録です。

肖像は当サイトが用意したイメージイラストです。実際の肖像画・写真ではありません。

家族

年表:徳川吉宗と、その時代

年表の見方

  • 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
  • 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
  • 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
  • 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
江戸時代
1685
1690
1695
1700
1705
1710
1715
1720
1725
1730
1735
1740
1745
1750

本人

  1. 1684年誕生
  2. 1705年紀州藩主となる
  3. 1716年征夷大将軍に就任する
  4. 1720年唐船打払令を発する
  5. 1721年7月目安箱を設置する
  6. 1722年7月上米の制を定める
  7. 1723年6月足高の制を定める
  8. 1736年元文の改鋳を行う
  9. 1742年公事方御定書を制定する
  10. 1745年9月将軍職を家重に譲る
  11. 1751年死去

日本の出来事

  1. 1685年生類憐みの令が出され始める
  2. 1702年赤穂浪士が吉良邸に討ち入る
  3. 1707年富士山が噴火する(宝永の大噴火)
  4. 1709年新井白石が幕政に加わる
  5. 1716年徳川吉宗の享保の改革が始まる
  6. 1732年享保の飢饉が西日本を襲う
年表を一覧で読む
徳川吉宗と日本の出来事(年の順)
1684年本人:誕生
1685年日本の出来事:生類憐みの令が出され始める
1702年日本の出来事:赤穂浪士が吉良邸に討ち入る
1705年本人:紀州藩主となる
1707年日本の出来事:富士山が噴火する(宝永の大噴火)
1709年日本の出来事:新井白石が幕政に加わる
1716年本人:征夷大将軍に就任する
1716年日本の出来事:徳川吉宗の享保の改革が始まる
1720年本人:唐船打払令を発する
1721年7月本人:目安箱を設置する
1722年7月本人:上米の制を定める
1723年6月本人:足高の制を定める
1732年日本の出来事:享保の飢饉が西日本を襲う
1736年本人:元文の改鋳を行う
1742年本人:公事方御定書を制定する
1745年9月本人:将軍職を家重に譲る
1751年本人:死去
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、徳川吉宗の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、徳川吉宗がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。

本人の主な出来事は、広く知られている事実をもとに当サイトが選んで記したものです。誕生・結婚・子・死去は家系図の記録から載せています。

明治5年(1872年)以前の月は、和暦(旧暦)の月です。

載っている家系図

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