徳川慶喜のイメージイラスト

徳川慶喜

とくがわ よしのぶ

1837年〜1913年(大正2年)

江戸時代生まれ徳川

江戸幕府第15代征夷大将軍

水戸藩主・徳川斉昭の子に生まれ、一橋家を継いだのち江戸幕府の第15代将軍となった人物です。

肖像は当サイトが用意したイメージイラストです。実際の肖像画・写真ではありません。

基本情報

生年
1837年
没年
1913年(大正2年)
時代
江戸時代
名字
徳川
肩書
江戸幕府第15代征夷大将軍
出典
日本の歴代為政者、徳川慶喜の家系図

この人について

水戸藩主・徳川斉昭の子に生まれ、一橋家を継いだのち江戸幕府の第15代将軍となった人物です。江戸幕府最後の将軍にあたります。

1866年に将軍となり、翌1867年に政権を朝廷へ返す大政奉還を行いました。鳥羽・伏見の戦いののちは江戸へ退いて恭順し、明治維新後は静岡で長く暮らします。のちに公爵を授けられ、貴族院議員も務めました。

この略歴は、広く知られている事実をもとに当サイトが書いたものです。下の家系図・家族は、みなさんが公開した家系図の記録です。

家系図(近い家族)

徳川慶喜を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

徳川茂承和宮親子内親王徳川家茂徳川鏡子徳川厚蜂須賀筆子池田仲博徳川慶久徳川誠勝精徳川茂栄徳川貞子徳川家達一条美賀子新村信徳川慶喜中根幸一色須賀登美宮吉子女王徳川斉昭徳川昌丸
養子
養子
養子
養子
養子
養子
徳川茂承
紀伊藩継嗣
和宮親子内親王
孝文明治天皇の皇妹
徳川家茂
次男
江戸幕府第14代征夷大将軍
1846年7月17日1866年8月29日
徳川鏡子
長女
徳川達孝夫人
1873年
徳川厚
四男
1874年
蜂須賀筆子
四女
蜂須賀正韶夫人
1876年
池田仲博
五男
1877年
徳川慶久
七男
公爵・貴族院議員
1884年
徳川誠
九男
1887年
勝精
十男
1888年
徳川茂栄
徳川貞子
異母妹
徳川家達
徳川宗家当主・公爵
一条美賀子
徳川慶喜正室
新村信
徳川慶喜側室
1852年1905年2月8日
徳川慶喜
七男
江戸幕府第15代征夷大将軍
1837年10月28日1913年11月22日
中根幸
徳川慶喜側室
1851年1915年12月29日
一色須賀
徳川慶喜側室
登美宮吉子女王
有栖川宮織仁親王の王女
徳川斉昭
水戸藩主
徳川昌丸
一橋徳川家当主
100%

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世界樹でこの人を見る →

家族

年表:徳川慶喜と、その時代

この人の出来事と、同じころに世の中で起きたことを並べています。

この人世の中
  1. 江戸時代

    誕生大塩平八郎の乱が起こる
  2. 水野忠邦の天保の改革が始まる
  3. ペリーが浦賀に来航する
  4. 日米和親条約が結ばれる
  5. 日米修好通商条約が結ばれる
  6. 桜田門外の変。井伊直弼が討たれる
  7. 薩長同盟が結ばれる
  8. 大政奉還と王政復古の大号令
  9. 明治

    戊辰戦争が始まる/五箇条の御誓文が示される
  10. 版籍奉還が行われる
  11. 廃藩置県が行われる
  12. 学制が公布され小学校が置かれる/新橋・横浜間に鉄道が開通する
  13. 子 徳川鏡子 誕生徴兵令が出される/地租改正が始まる
  14. 子 徳川厚 誕生
  15. 子 蜂須賀筆子 誕生
  16. 子 池田仲博 誕生西南戦争が起こる
  17. 子 徳川慶久 誕生
  18. 内閣制度が始まる
  19. 子 徳川誠 誕生
  20. 子 勝精 誕生
  21. 大日本帝国憲法が発布される
  22. 第一回の帝国議会が開かれる
  23. 大正

年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。

載っている家系図

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