古川

ふるかわFurukawa

全国105位 ・ 約18万人

古川(ふるかわ)は、武蔵・飛騨・陸前・陸奥・羽前・羽後・越後などにこの地名がある。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
ふるかわ
ローマ字
Furukawa
全国順位
全国105位
推計人数
約18万人
全国比率
日本人のおよそ0.15%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

古川をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Furukawa読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 武蔵国(東京都・埼玉県)
  • 飛騨国(岐阜県)
  • 陸前国(宮城県・岩手県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

古川(ふるかわ)は、武蔵(東京都・埼玉県)・飛騨(岐阜県)・陸前(宮城県・岩手県)・陸奥(東北地方)・羽前(山形県)・羽後(秋田県)・越後(新潟県)などにこの地名がある。 【1】清和源氏溝杭氏族 ― 溝杭頼○の子孫だという。『中興○』に「古川は清和源氏。溝杭左衛門尉資尚の子・源左衛門尉兼助がこれを称する」と見える。 【2】甲斐(山梨県)の古川氏 ― 山梨郡窪平邑の名族で、信州(長野県)の武士・古川備中守の子孫。長九郎が天文年間に甲斐へ来た。紋は隅切り角に三つ葛葉。 【3】清和源氏武田氏族 ― 江戸幕府の家臣で、市川広紀の四代の孫・渡辺宗綱の子孫、徳高の子・徳郡を祖とするという。家紋は三輪の内の花。……(この先は原文の段組が崩れ、次の項「古閑」「古江」の記事が入り混じっている)武蔵などにこの地名があり、次項および「コガ」の項を参照。秀郷流藤原姓 ― 佐野修理大夫信吉の弟・宗長が古江治部少輔と称した。母が古江豊前守の娘であることから母方の姓を名乗ったものである。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

古川フルカハ武蔵、飛騨、陸前、陸奥、羽前、羽後、越後等に此の地名存す。 1〓和源氏溝抗氏族溝抗賴責の後と云ふ。中興菜「古川·清和、溝抗左衞門尉資尙の男源左衞門尉兼助·之を稱す」と見ゆ。 2甲斐の古川氏山梨郡窪平邑の名族にして、信州の士古川備中守の後、長九郞·天文中本州に來る。紋·隅切り角に三つ葛葉。 3〓和源氏武田氏族江戶幕臣にして、市川廣紀の四代の孫渡邊宗綱の後、德高の子德郡を祖とすと云ふ。家紋三輪内花フルモン武蔵等に此のコガ次條、及びコガ條2秀〓流藤原姓佐野修理大夫信吉の第宗長·古江治部少輔と稱す。母古江豐前守の女なるにより母姓を冒す也。

姓氏家系大辞典 第5巻 383コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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古川と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

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