巴

中村

なかむらNakamura

全国7位 ・ 約104万人

中村(なかむら/なかのむら)は、日本有数の大姓で、古代から現代まで、東西にわたって一族が非常に多く、系統も数えきれない。

5件の公開家系図に 6人

基本情報

読み
なかむら
ローマ字
Nakamura
全国順位
全国7位
推計人数
約104万人
全国比率
日本人のおよそ0.85%
県内ベスト5
三重県(2位)、石川県(2位)、熊本県(2位)、福岡県(2位)、鹿児島県(2位)
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

多い都道府県

「中村」が県内ベスト5に入っている都道府県です。色の濃さは県内の占率を表します(ベスト5に入らない県は、数字が公表されていないため無色です)。

北海道青森岩手宮城秋田山形福島茨城栃木群馬埼玉千葉東京神奈川新潟富山石川福井山梨長野岐阜静岡愛知三重滋賀京都大阪兵庫奈良和歌山鳥取島根岡山広島山口徳島香川愛媛高知福岡佐賀長崎熊本大分宮崎鹿児島沖縄
  • 〜1%
  • 1〜1.5%
  • 1.5〜2%
  • 2〜3%
  • 3%〜
  • データなし
県ごとの数字を見る
都道府県県内順位占率
三重県2位1.42%
石川県2位1.26%
熊本県2位1.22%
福岡県2位1.16%
鹿児島県2位1.07%
山口県3位1.46%
滋賀県3位1.29%
京都府3位1.06%
和歌山県3位0.92%
大阪府3位0.8%
長崎県4位1.52%
奈良県4位0.83%
青森県5位1.3%
長野県5位1.14%
富山県5位0.81%
兵庫県5位0.76%
都道府県別データについて

都道府県別の順位・占率は、明治安田生命「全国同姓調査」(2018年8月8日発表、同社の契約者約655万人が母集団)で公表されたベスト5です。国勢調査ではないため、実際の県内人数の順位とは異なることがあります。 調査結果(PDF)を見る →

ローマ字で書くと

中村をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Nakamura読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「中村」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

  • 巴

    この紋のページ →

    弓を射るとき腕に着ける鞆(とも)を象り、三つを渦に組んだ図案。

『姓氏家系大辞典』第4巻 446コマに「家紋丸に鳩局草、磐の内三巴」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 大和国(奈良県)
  • 河内国(大阪府)
  • 陸奥国(東北地方)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

中村(なかむら/なかのむら)は、日本有数の大姓で、古代から現代まで、東西にわたって一族が非常に多く、系統も数えきれない。 【1】中村連 ― 『和名抄』は大和国(奈良県)忍海郡に中村郷を載せる。その故地から起こったのだろう。中臣氏の一族で、『姓氏録』左京神別に「中村連。己己都牟須比命の子・天乃古矢根命の子孫である」と載せる。大和国の後世の中村氏は第五項以下に多い。 【2】河内(大阪府)の中村連 ― 『延喜式』神名帳は若江郡に中村神社を載せる。前項の一族がいた土地だろうか。河内国の後世の中村氏は第十四項を参照。 【3】上毛野中村公 ― 吉弥侯部の子孫で、『和名抄』に陸奥国(東北地方)新田郡(陸前(宮城県・岩手県))の中村○と見える地から起こった。『続日本紀』神護景雲三年三月の条に「新田郡の人、外大初位上・吉弥侯部豊庭に、上毛野中村公の姓を賜う」とある。「上毛野」および「吉弥侯部」の項を参照。 【4】姓(かばね)を持たない中村氏 ― 中村連の一族だろう。正倉院の天平宝字二年の文書などに見える。 【5】大和磯城の中村氏 ― 第一項を参照。……(中略)後世、式下郡の豪族にこの氏があり、唐院城(川○村)に拠った。……至徳元年の大和武士交名に「中村」と載せ、また○士記に「中村長右衛門盛秀、中村長兵衛正長、中村長九郎秀正、中村右京進正親」などと見える。なお「筒井」の項も参照。また近世、山辺郡永原の名士に中村直三があり、その子を直平という。 【6】吉野の中村氏 ― 三十六公文の一つで、『吉野旧事記』に「阿智我公文、官上部○、中村氏」とある。また十津川郷の役職の由緒書に「宇宮原村庄屋中村左兵衛、谷瀬村庄屋中村磯兵衛」などが見える。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

中村ナカムラナカノムラ天下の大姓にして、古今に通じ、東四に亘り、其の族頗る多く、流夥し。 1中村連和名抄、大和國忍海郡に中村郷を收む。その故地より起りしなるべし。中臣氏の族にして、姓氏錄、左京神別に「中村連。己己都牟須比命の子·天乃古矢根命の後也」と載せたり。當國後世の中村氏は第五項以下に多し。 2河内の中村連式神名帳若江郡に中村神社を收む。前項氏の一族のありし地か。當國後世の中村氏は第十四項を見よ。 3上毛野中村公吉彌侯部の裔にして、和名抄、陸奥國新田郡(陸前)に中村婦と見ゆる地より起る。神護景雲三年三月紀に「新田郡人外大初位上吉彌侯部豐庭に、姓を上毛野中村公と賜ふ」とあり。上毛野、及び吉彌侯部條參照。 4無尸の中村氏中村連の族なるべし。正倉院天平實字二年文書等に見ゆ。 5大和磯城の中村氏第一項參照。……面して後世式下郡の豪族に此の氏あり、唐院城(川四村)に據る。……至德元年の大和武士交名に「中村」と載せ、又〓士記に「中村長右衞門盛秀、中村長兵衞正長、中村長九郞秀正、中村右京進正親」など見えたり。發ほ筒井條參照。又近世、山邊郡永原の名士に中村直三あり、その子を直平と云ふ。 6吉野の中村氏三十六公文の一にして吉野舊事記に「阿智我公文、官上部〓、中村氏」と0又十津川郷鍮役由緒家筋書に「宇宮原村庄屋中村左兵衞、谷瀨村庄屋中村礒兵衞」等見ゆ。

姓氏家系大辞典 第4巻 445コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

この名字の人々

同じ読みの名字

中村と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

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「中村」で始まる・中村を含む名字

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同じくらいの多さの名字

全国順位が中村の前後にある名字です。

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