松平
まつだいらMatsudaira
全国1848位 ・ 約8,510人
松平(まつだいら)は、三河、および常陸国久慈郡にこの地名が存する。
32件の公開家系図に 63人
基本情報
- 読み
- まつだいら
- ローマ字
- Matsudaira
- 全国順位
- 全国1848位
- 推計人数
- 約8,510人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
松平をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Matsudaira読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「松平」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
『姓氏家系大辞典』第5巻 539コマに「家紋酸草、五本骨扇」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 常陸国(茨城県)
- 石見国(島根県)
- 陸奥国(東北地方)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
松平(まつだいら)は、三河(愛知県)、および常陸国(茨城県)久慈郡にこの地名が存する。 【1】賀茂姓(一に在原姓) ― 三河発祥の大族であって、後に徳川氏を起こし、天下に覇を唱えること二百数十年に及んだ。そのため、その出自などについても、従来研究が盛んで種々の説があるが、いまだ定説と認めるべきものがない。 その研究における疑問点は二つある。一つは松平という苗字の本来の姓氏は何かということ、もう一つは親氏が果たして清和源氏新田の一族かということで、ともになお多くの調査を要する。賀茂郡松平○(原文の字が崩れている)から起こり、在名を称したことは争う余地がないようである。 そして、もとは在原姓を称したとするものが多いが(系図、そのほか)、伝説であって確実な徴証がないので、信じる人は少ないが、なお捨てがたい。 (このあと原文は次の見出し「松岳(まつたけ)」の記事に移る) 松岳は石見(島根県)にこの氏がある。 (このあと原文は次の見出し「松館(まつたて)」の記事に移る) 松館は陸奥国(東北地方)三戸郡に松館の地があり、また「武鑑」に亀田岩城藩の用人にこの氏が見える。……(この先は原文の行が崩れていて読み取れない) (このあと原文は再び「松平」の記事に戻る) 次に「岩津妙心寺由緒書」に、種光公の御直筆で『南無阿弥陀仏、参河源氏、賀茂朝臣』と御染筆したとあり、また同寺本尊の腹中に、信光が納めたと思われる願文にも『賀茂朝臣』と明記してあるので(「カモ」の項一七九〇頁に詳しい)、賀茂朝臣の一族であるとの説がある。 このように、この氏がもし古くから賀茂朝臣であったならば、大和鴨の一族であって、山城(京都府)の賀茂氏の一族とするのは誤りであるが、後世のことであるから、あえて咎めるべきでもない。また、この地は京都賀茂社御厨の所在地であるから、この氏は賀茂社配下の豪士か、あるいはその氏人が古くこの地に移ったものかと考えられ、あの葵の紋もまた賀茂の葵から来ると説く者もある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
松平マツダヒラ三河、及び常陸國久慈郡に此の地名存す。 1賀茂姓(一に在原姓)三河發祥の大族にして、後に德川氏を起し、天下に覇たる事二百數十年、されば其の出自等についても、從來研究盛んにして種々の說あれど、未だ定說と認むべきものなし。其の〓究に雖點·二あり、一は松平苗·本來の姓氏は何か、一は親氏·果して〓和源氏新田の族かと、共に猶ほ多くの調査を要す。その賀茂郡松平〓よリ起リ、在名を稱せし事は爭ふの餘地なきが如し。而して、もと在原姓を稱せりとするもの多けれど(系圖、その他)傳說にて確實なる徵證なければ、信ずる人尠けれど、猶ほ捨て難マツタケ石見に此の氏あり。マツタテ陸奥國三戶郡に松館の地又武鑑、龜田岩城藩用人に此の氏をき心地す。次に岩津妙心寺由緒書に種光公·御直筆にて、南無阿彌陀佛、參河源氏、賀茂朝臣と御染筆云々と載せ、また同寺本尊の腹中に、信光が納めたりと思はるゝ願文にも、「賀茂朝臣」と明記するが故に(カモ條一七九〇頁に詳か也)、賀茂朝臣の族なりとの說あり。斯くの如く此の氏·若し古くより賀茂朝臣たらんには、大和鴨の一族にして、山城の賀茂氏の族とするは非なれど、後世の事なれば、强ち谷むべきにもあらず。又此の地は京都賀茂社御厨の所在地なれは、此の氏は賀茂社配下の豪士か、或は其の氏人の古く此の地に移るものあるかと考へられ、かの葵の紋も亦賀茂の葵より來ると說くものあり。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
この名字の人々
まつだいら むねのぶのむすめ・いくまひめ
載っている家系図: 朽木昌綱の家系図
同じ漢字を使う名字
松平に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「松」の字を含む名字
「松平」で始まる・松平を含む名字
松平の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が松平の前後にある名字です。
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