深井
ふかいFukai
全国959位 ・ 約1.9万人
深井(ふかい)は、「和名抄」の和泉国大島郡に……郷を収め、「今は深井とする、不加井」と載せる。
1件の公開家系図に 1人
基本情報
- 読み
- ふかい
- ローマ字
- Fukai
- 全国順位
- 全国959位
- 推計人数
- 約1.9万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.015%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
深井をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Fukai読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 和泉国(大阪府)
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
- 下総国(千葉県・茨城県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
深井(ふかい)は、「和名抄」の和泉国(大阪府)大島郡に……郷を収め、「今は深井とする、不加井」と載せる。高山寺本は別に深井……と注する(このあたりは原文の字が崩れて読み取れない)。……(中略)そのほか武蔵(東京都・埼玉県)・下総(千葉県・茨城県)・信濃(長野県)・羽後(秋田県)などにこの地名が存する。 【1】藤原南家 ― 熱田大宮司家の一族で、「中興系図」に「深井。藤原南家の苗裔」とある。 【2】滋野姓(この見出しは原文の字が崩れている) ― 信濃国小県郡深井邑から起こり、滋野幸恒の後裔であるといい、また海野氏の姻族であるという。 【3】桓武平氏長尾氏族 ― 武蔵国足立郡深井邑から起こる。「新編風土記」の足立郡の条に、酒巣宿のうち宮地の百姓・勧右衛門が持つ系図を見ると、上州(群馬県)白井の城主・長尾左衛門尉景春の男・小四郎景忠の子に六郎次郎景孝という者がある。天正年中に当村(深井)で出生し、在名によって深井と称したという。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
深井フカヰ和名抄、和泉國大島郡に常凌解を收め、「今深井に爲る、不加井」と載高山寺本·別に深井場を敢i爲と註す。……その他、武蔵、下總、信濃、羽後等に此の地名存す。 1藤原南家〓田大宮司家の一族にして、中興系圖に「深井·藤南家苗裔」とあり。 2強打麻信濃國小縣郡深井邑より起り、滋野幸恒の後裔也と云ひ、又海野氏の姻族なりと云ふ。 3桓武平氏長尾氏族武藏國足立郡深井邑より起る。新■風土記足立郡條に酒巢宿の內、宮地の百姓勸右衞門がする系圖を見るに、上州白井の城主長尾左衞門尉景春の男小四郞景忠の子に六郞次郞景孝と云へるものあり。天正年中當村(深井)にて出生し、在名を以つて深井と稱せ!。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
この名字の人々
同じ漢字を使う名字
深井に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「深」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が深井の前後にある名字です。
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