割菱

今井

いまいImai

全国76位 ・ 約21万人

今井(いまい)は、「今居」とも書く。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
いまい
ローマ字
Imai
全国順位
全国76位
推計人数
約21万人
全国比率
日本人のおよそ0.17%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

今井をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Imai読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「今井」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第1巻 294コマに「家紋割菱、花菱」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 大和国(奈良県)
  • 信濃国(長野県)
  • 飛騨国(岐阜県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

今井(いまい)は、「今居」とも書く。今井という地名は大和国(奈良県)高市郡の今井庄をはじめ諸国に非常に多く、それらの地名を名乗った今井氏も系統が少なくない。 ……(中略)(今井四郎)兼平は、『平家物語』北国下向の条に「木曾の乳母子の今井四郎兼平」と見え、また『源平盛衰記』巻二十七に「木曾党には、中三権頭兼遠の子息・樋口次郎兼光、今井四郎兼平、与二、与三、木曾中太、弥中六、検非違所八郎、東十郎、進士禅師、金剛禅師をはじめとして、郎等・乗替は数知れず」とある。『東鑑(吾妻鏡)』元暦元年正月二十日の条にも「木曾三郎先生義広、今井四郎兼平以下の軍士らをもって防ぎ戦う」と載せ、また中原師茂家記に「今居中原兼衡」と見える。 その父の兼遠は、『平家物語』巻六に木曾中三とあり、『源平盛衰記』巻二十六の起請文に「イマイ中原兼遠」と署名しているので、中原氏であることは明白である。これより前、『保元物語』に「信濃(長野県)には木曾中太、弥中太」とあり、『平治物語』にも同様に見える。兼遠の父か兄にあたるのだろう。 【2】清和源氏泉氏流 ― 信濃筑摩の今井○から起こったのだろうか。泉小次郎親衡の遠い子孫だという。後世、小県郡小牧に拠るものがあり、水内郡にもある。 【3】飛騨中原姓今井氏 ― 今井兼平の子孫と称する。今井幸左衛門貞豊の先祖の系譜に「木曾義仲主従が近江(滋賀県)の栗津で討死したのち、残党の探索が厳しかったので、今井兼平の妻が三歳の男児を連れて飛騨(岐阜県)の小○の若椽に落ちのび、六代の間隠れ住んだが、(その子孫が)三木大和守へ奉公に出て、その名を今井対馬守貞信と称した」とある。系図に木曾中三中原兼遠の八代孫とあるので、兼平の七代孫である。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

今井イマヰ又今居ともあり。今井の地名は大和國高市郡今井庄を始めとして諸國に頗る多し。從つて其等の地名を負ひし今井氏も其の流尠からざるなり。……兼平は平家物語北國下向の條に「木曾乳母子の今井四郞兼平、」また源平盛衰記卷廿七に「木曾黨には、中三權頭兼達が子息樋口次郞兼光、今井四郞兼平、與二與三、木曾中太、彌中六、檢非違所八郞、東十郞進士禪師、金剛禪師を始めとして、郎等乘替しらず」と又東鑑元曆元年正月廿日條に「木합.三郞先生義廣、今井四郞兼平已下の軍士等を以つて防戰す」と載せ、又中原師茂家記に「今居中原兼衡」と見ゆ。而して其の父兼遠は平家物語卷六に木曾中三また源平盛衰記卷廿六の起請文にイマイ中原兼遠と署名するが故に、中原氏なるや明白なりとす。これより前保元物語に「信濃には木曾中太、彌中太、」平治物語にも同樣見ゆ、兼遠が父兄に當るべし。 2〓和源氏泉氏流信濃筑摩の今井〓よリ起りしか。泉小次郎親衛の遠裔なりと云ふ。後世小縣郡小牧に據るものあり、又水內郡にもあり。 3飛驒中原姓今井氏今井兼平の後裔と稱す。今井幸左衞門貞豊が先祖の系譜に「木曾義仲主従は江州栗津討死の後、殘黨把索嚴しきに依りて、今井兼平の女房三歲なる男兒を連て、飛州小版の若椽に達越來、六代の間隱れ住けるが、三木大和守へ奉公に出、其名を今井對馬守貞信と稱す」と。系圖に木曾中三中原兼遠の八代孫とあれば、兼平の七代孫なり。

姓氏家系大辞典 第1巻 294コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

今井と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

今井に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

「今井」で始まる・今井を含む名字

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同じくらいの多さの名字

全国順位が今井の前後にある名字です。

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