高沢

たかざわTakazawa

全国963位 ・ 約1.9万人

高沢(たかざわ)は、常陸・羽前などにこの地名がある。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
たかざわ
ローマ字
Takazawa
全国順位
全国963位
推計人数
約1.9万人
全国比率
日本人のおよそ0.015%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

高沢をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Takazawa読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 羽前国(山形県)
  • 常陸国(茨城県)
  • 伊賀国(三重県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

高沢(たかざわ)は、常陸(茨城県)・羽前(山形県)などにこの地名がある。 【1】利仁流藤原姓 ― 斎藤氏の一族で、林二郎家嗣の後であるという。 【2】清和源氏佐竹氏族 ― 常陸国那珂郡高沢邑から起こる。「廿四輩廟拝図会」に次のようにある。「照願寺は鷲子村にある。開基は二十四輩第十七番の奥郡念信大徳で、俗姓は佐竹高沢伊賀守氏信がこれである。初め毘沙○村(村名の一字は原文が崩れている)に一宇を起立し、照願寺と号した。寺説にいう、念信房がまだ俗であったときは当寺の上の高沢山に居城していたが、三代信光の時に至って高沢の城郭を毀って仏場となし、毘沙○村から寺院を引き移し、今に退転しない云々」 また「三才図会」に「寿命寺の開基・信房念信は源頼義の末孫で、高沢伊賀守氏信といい、高沢に住んだ。貞応元年、親鸞が稲田に在るとき弟子となり、薙髪して念信と称し、当寺を毘沙○村に建て、寛元三年に入寂した。その二男・信昌もまた発心して入信という。すなわち当福寺の祖である」と。……(中略) 【3】秀郷流藤原姓佐野氏族 ― 高沢新左衛門行○の子・行高が高沢玄蕃と称した。その子に高沢彦五郎行勝がある。また行高の兄・光行の子である武沢十郎左衛門の子に、高沢十郎光春・同市之進光安らが見える。 雑載 ― 「越乃下草」に「箇代神社、越中国(富山県)八代庄北八代村、神職高沢河内」、また加賀藩(石川県)の○帳(書名の一字は原文が崩れている)に「四百五十石(丸内梶葉)高沢平十郎」、また俳人に高沢士明。そのほか武蔵(東京都・埼玉県)にも存するという。 (このあと原文は次の見出し「隆沢(たかざわ)」「高足(たかし)」の記事に移る。隆沢は前項の氏と同じか。高足は「和名抄」の上野国(群馬県)緑野郡に高足郷、次に阿波国(徳島県)名方西郡に高足郷を収めて多加之と注し、後世に高志邑という。すなわち高志、以下の各項と通ずる)

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

高澤タカサハ常陸、羽前等に此の地名あり。 1利仁流藤原姓齋藤氏族林二郞家嗣の後也と云ふ。 2〓和源氏佐竹氏族常陸國那珂郡高澤邑より起る。廿四輩廟拜圖會に「照願寺は鷲子村にあり。開基は二十四輩第十七番奥郡念信大德にして、俗姓は佐竹高澤伊賀守氏信これなり。初め毘沙韓村に一宇を起立し、照願寺と號す。寺說に曰ふ、念信房·未だ俗たりし時は、當寺の上なる高澤山に居城してありしが、三代信光の時に至りて、高澤の城郭を毀ちて佛場となし、毘沙幢村より寺院を引き移し、今に退轉せず云々」と。また三才圖會に「壽命寺開基信房念信は、源頼義の末孫、高澤伊賀守氏信、高澤に住す、貞應元年、親鸞·稲田に在る時、弟子と爲り、薙髪して念信と稱し、當寺を毘沙輔村に建て、寛元三年入寂す。其の二男信昌、亦發心して入信と云ふ、卽ち當福寺の祖也」と。……3秀〓澁藤原姓佐野氏族高澤新左衛門行〓の子行高·高澤玄蕃と稱す。その子高澤彥五郞行勝あり。又行高の兄光行の子武澤十郞左衞門の子に高澤十郞光春、同市之進光安等見ゆ。雜載越乃下草に「箇代神社、越中國八代庄北八代村、神職高澤河內」、また加賀藩論帳に「四百五拾石(丸內梶葉)澤澤平十郞」、また俳人に高澤士明、その他、武藏にも存すとぞ。隆澤タカザハ前條氏に同じきか。高足タカシ和名抄、上野國綠野郡に高足〓、次に阿波國名方西郡に高足〓を收め、多加之と註す、後世高志邑と云ふ。卽ち高志、以下各項と通ず。

姓氏家系大辞典 第3巻 506コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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