高島
たかしまTakashima
全国370位 ・ 約5.6万人
高島(たかしま)は、備前に神武天皇の行宮であった高島宮がある。
1件の公開家系図に 1人
基本情報
- 読み
- たかしま
- ローマ字
- Takashima
- 全国順位
- 全国370位
- 推計人数
- 約5.6万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.046%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
高島をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Takashima読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「高島」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
『姓氏家系大辞典』第3巻 508コマに「家紋四目結、釘拔」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 備前国(岡山県)
- 近江国(滋賀県)
- 越中国(富山県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
高島(たかしま)は、備前(岡山県)に神武天皇の行宮であった高島宮がある。次に近江国(滋賀県)に高島郡があり、『和名抄』は「太加之萬」と注記する。『継体即位前記』に高島郡とあるのが初見である。また郡内に高島郷があり「太加之末」と読む。また後世、高島本庄があり、朽木古文書の建武元年に「近江国高島本庄」とある。次に越中国(富山県)婦負郡に高島○がある。そのほか武蔵(東京都・埼玉県)・上総(千葉県)・下総(千葉県・茨城県)・信濃(長野県)・下野(栃木県)などにこの地名がある。 【1】上代の高島氏 ― 正倉院の天平宝字六年文書などに見える。 【2】佐々木氏族 ― 近江国高島郡の高島郷から起こった。……(中略)この泰信の弟・頼綱(左衛門尉、出羽守、五○)は横山・田中・朽木などの祖で、その弟・胤信は長田氏の祖である。また泰信の弟に「行綱(右衛門尉)―行信(同上)―女子(能登三郎の妾)」とある。また範綱の兄弟には「氏綱(与一、本は頼氏)、師綱(平井氏の祖)」などがある。 その一族には、『太平記』巻三十五に高島次郎左衛門、下って永享以来御番帳に「○番 高島孫太郎」、文安年中御番帳に「十一番 高島孫太郎」、長享の江州動座着到に「五衆 高島修理亮貞俊」などが見える。 【3】また高島郡に清水山城(○水山)がある。佐々木越中守高質の居城の跡で、高実の子を高島越中守という。越中守実綱は江源両門の客の一人と称された。また同郡の大溝古城(大溝村)は高島支藩の居城の址である。この山を長実寺山と称する。往古、長宝という寺があり、高島七ヶ寺の第一、○門三千坊の一院であったが、いつの日か寺は絶えて城址となった。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
高島タカシマ備前に神武天皇の行宮たりし高島宮、次に近江國に高島郡あり、和名抄·太加之萬と註す。繼體卽位前記に高島郡とあるを初見とす。又郡内に高島鄉ありて、太加之末と訓ず。又後世·高島本庄あリ、朽木古文書、建武元年に「近江國高島本庄」と。次に越中國婦負郡に高島〓あり。その他、武藏、上總、下總、信濃、下野等に此の地名存す。 1上代の高島氏正倉院天平資字六年文書等に見ゆ。 2佐々木氏族近江國高島郡高島郷より起る。……此の泰信の弟賴綱(左衞門尉、出羽守、五邸)は、橫山、田中、朽木等の祖にして、その弟胤信は長田氏の祖也。また秦氏の弟「行綱(右衞門尉)-行信(同上)-女子(能登三郎妾)」と。又範綱の兄弟には「氏綱(與一、本賴氏)、師網(平井氏祖)」等あり。その氏人には、太平記卷三十五に高島次郞左衞門、下りて永享以來御零帳に〓番高島孫太郎」、文安年中御番帳に「一一番高島孫太郞」、長享江州動座着到に二五衆、高島修理亮貞俊」等見ゆ。 3また高島郡に清水山城(〓水山)あり、佐々木越中守高質居城の跡にして、高實の子を高島越中守と云ふ。越中守實網は江源兩門客の一と稱されき。又同郡大溝古城(大溝村)は高島支蕃尤居城の址なり。此の山を長實寺山と稱す、往古長寶と云ふ寺ありて、高島七ヶ寺の第一、由門三千坊の一院なりしが、何れの日か、寺燈して城址となる。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
この名字の人々
同じ読みの名字
高島と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
高島に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「高」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が高島の前後にある名字です。
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