川島
かわしまKawashima
全国215位 ・ 約10万人
川島(かわしま)は、「河島」とも書き、違いはない。
2件の公開家系図に 1人
基本情報
- 読み
- かわしま
- ローマ字
- Kawashima
- 全国順位
- 全国215位
- 推計人数
- 約10万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.082%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
川島をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Kawashima読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「川島」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
『姓氏家系大辞典』第2巻 249コマに「家紋四目結、梅鉢」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 山城国(京都府)
- 陸奥国(東北地方)
- 陸前国(宮城県・岩手県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
川島(かわしま)は、「河島」とも書き、違いはない。『和名抄』の山城国(京都府)葛野郡に川島○があって「加波之末」と注記する。後世は河島庄があり、百合文書に「正和三年、七条院領」とある。また革島庄ともいう。「革島」の項を参照。次に陸奥国(東北地方)賀美郡(陸前(宮城県・岩手県))に川島○がある。次に高山寺本では阿波国(徳島県)板野郡に川島郷があって「加波之萬」と注記し、同国麻殖郡にも川島郷があって「加波之萬」と注記する。また筑前国(福岡県)夜須郡に川島郷がある。そのほか伊勢(三重県)・武蔵(東京都・埼玉県)・常陸(茨城県)・美濃(岐阜県)・上野(群馬県)・下野(栃木県)・岩代(福島県)・越前(福井県)・能登(石川県)・備中(岡山県)・長門(山口県)などにこの地名がある。 ……(中略)【2】越前の河島氏 ― 前項の氏と同じだろうか。越前国今立郡に河島邑があり、この地から起こったのだろうか。『太平記』巻十七に「越前国へは、河島の維○が先立って下された」とあり、また巻十八に河島左近蔵人惟頼、巻十九に「惟頼は三百余騎で三峰の城から馳せ来る」とある。勤王忠勇の武士である。三峰城は河島邑に近い。 【3】美濃の川島氏 ― 美濃国葉栗郡(羽島郡)に川島邑があり、ゆかりがあるだろうか。天文・弘治のころ、川島掃部介唯重という者が又丸城(元方県七都村)に拠った。斎藤道三方である。この人は掃部助惟重とも書く。 【4】佐々木氏六角流 ― 近江国(滋賀県)高島郡の川島村から起こった。浅羽本の佐々木系図に「山内五郎右衛門尉信詮―二郎左衛門尉義重―元綱(川島五郎)」と見える。『寛政系譜』はこの末流二家を載せる。家紋は四つ目結、梅鉢。 【5】近江の川島氏 ― 前項の氏と同じだろうか。初代の玄処は近江国川島村の生まれで、朽木監物の家臣だったという。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
川島カハシマまた河島に作る、異るなLo和名抄、山城固葛野郡に川島〓あり、加八之末と註す。後世河島庄あり、百合文書に「正和三年、七條院領」と,又革島庄と云ふ、革島條參照。次に陸奥國賀美郡(陸前)に川島〓、次に高山寺本·阿波國板野郡に川島郷、加波之萬と註す。また同國麻殖郡に川島郷、加波之萬と註す。また筑前國夜須郡に川島郷あり。その他、伊勢、武藏、常陸、美濃、上野、下野、岩代、越前、能登、備中、長門等に此の地名あり。……2越前の河島氏前項氏と同一か。當國今立郡に河島邑あり、此の地より起るか。太平記卷十七に「越前國へは、河島の維顆先立つて下されつる」と、又卷十八に河島左近藏人惟賴、卷十九に「惟賴は三百餘騎にて三峰の城よリ馳來る」と0動王忠勇の士なり。三峰城は河島邑に近し。 3美濃の川島氏當國葉栗郡(羽鳥郡)に川島邑あり、緣故あるか、天文弘治の頃、川島掃部介唯重なる者、又丸城(元方縣七都村)に據る。齋藤道三方なり、この人·又掃部助惟重に作る。 4佐々木氏六角流近江國高島郡川島村より起る。淺羽本佐々木系圖に「山內五郞右衞門尉信詮-二郞左衞門尉義重-元網(川島五郞)」と見えたり。寛政系譜に此の末流二家を載す、家紋四目結、梅鉢。 5近江の川島氏前項氏に同じきか。初代玄處は近江國川島村の生れにして、朽木監物の家臣なりしと云ふ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
この名字の人々
同じ読みの名字
川島と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
川島に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「川」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が川島の前後にある名字です。
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