小泉

こいずみKoizumi

全国216位 ・ 約10万人

小泉(こいずみ)は、『和名抄』の越前国丹生郡に泉郷があり、小泉郷かという。

1件の公開家系図に 5人

基本情報

読み
こいずみ
ローマ字
Koizumi
全国順位
全国216位
推計人数
約10万人
全国比率
日本人のおよそ0.081%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

小泉をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Koizumi読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 越前国(福井県)
  • 駿河国(静岡県)
  • 美濃国(岐阜県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

小泉(こいずみ)は、『和名抄』の越前国(福井県)丹生郡に泉郷があり、小泉郷かという。そのほか大和(奈良県)・駿河(静岡県)・美濃(岐阜県)・信濃(長野県)・越前・越後(新潟県)などに小泉庄があり、また山城(京都府)・甲斐(山梨県)・武蔵(東京都・埼玉県)・常陸(茨城県)・上野(群馬県)・磐城(福島県・宮城県)・岩代(福島県)・陸前(宮城県・岩手県)などにこの村名がある。 【1】藤原姓 ― 大和国添下郡の小泉庄から起こった。「小和泉」とも書く。室町の初期には、すでに興福寺領の荘官としてこの地に拠っていたらしい。その後、天文のころ、小泉四郎左衛門秀元が筒井氏に属し、順昭の○となって勢力があった。麾下には市場・満願寺など二千石の武士があり、合わせて一万三千石を領したという。その長子は秀之である。……前項との関係ははっきりしない。 【3】伊賀(三重県)の小泉氏 ― 名賀郡の豪族で、小泉三郎左衛門がある。筒井定次が伊賀国の守護であったとき、小泉氏所有の名刀を所望したが、小泉は隠して出さなかった。里人がこれを定次に告げ、定次は怒って小泉を殺してその刀を奪った。小泉の怨霊は定次の一男一女を殺したという。…… 【4】中臣氏族 ― 中臣氏系譜に「祭主輔経の弟・泉七郎助俊輔―俊宜(泉五郎)―家宣(小泉太郎)」と見える。その子は「家経・家兼」、家兼の子に「家光・重要」らがある。 【5】紀姓 ― 伊勢国(三重県)一志郡小倭荘の豪族で、大仰城に拠った。城は大仰村字城谷の山上にある。応永年中、小泉左近将監藤能がこれを築いて北畠氏に属したが、永禄年中に○ったと伝える。藤能は紀貫之の十六世の孫で、白木・吉懸・堀山・稲垣・猫賀野などの諸氏は、みなこの一族である。また名僧・真盛は藤能の子で、徳を積み知量があり、北畠国司はこぞって国政をつかさどらせた。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

小泉コイツミ和名抄、越前國丹生郡に泉郷あり、小泉郷かと云ふ。其の他、大和、駿河、美濃、信濃、越前、越後等に小泉庄あり、又山城、甲斐、武藏、常陸、上野、磐城、岩代、陸前等に此の邑名存す。 1藤原姓大和國添下郡の小泉庄より起る。また小和泉に作る。室町の初期、既に興福寺領莊官として、此の地に據りしが如し。その後、天文の頃、小泉四郞左衞門秀元·筒井氏に屬し、〓昭の妊婦となりて勢力あり。麾下には、市場、滿願寺等二千石の士ありて、合せて一萬三千石を領せりと云ふ。その長子は秀之也。……前項との關係詳かならず。 3伊賀の小泉氏名賀郡の豪族にして、小泉三郞左衞門あり。筒井定次が伊賀國守護たるとき、小泉氏所有の名刀を所望せしも、小泉隱して出さず。里人·之を定次に告ぐ、定次恐りて小泉を殺して其の刀を奪ふ。小泉の怨靈、定次の一男一女を殺す。……4中臣氏族中臣氏系譜に「祭主輔經の弟泉七郎助俊輔-俊宜(泉五郞)-家宣(小泉太郞)」と見ゆ。其の子「家經、家兼、」家兼の子「家光、重要等あり。 5紀姓伊勢國一志郡小倭莊の豪族にして、大仰城に據る。城は大仰村字城谷の山上に在り。應永中、小泉左近將監藤能·之を築き、北畠氏に屬せしが、永祿中に登つと傳ふ。藤能は紀貫之十六世の孫にして、白木、吉懸、堀山、、稻垣、猫賀野等の諸氏は、皆此の一族なり。又名僧眞盛は藤能の男にして、積德智量あり。北島國司擧げて國政を掌らしむ。

姓氏家系大辞典 第2巻 557コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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