目結

松下

まつしたMatsushita

全国145位 ・ 約14万人

松下(まつした)は、尾張・三○・遠江などにこの地名がある。

7件の公開家系図に 10人

基本情報

読み
まつした
ローマ字
Matsushita
全国順位
全国145位
推計人数
約14万人
全国比率
日本人のおよそ0.11%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

松下をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Matsushita読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「松下」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第5巻 532コマに「家紋四目結」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 尾張国(愛知県)
  • 遠江国(静岡県)
  • 石見国(島根県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

松下(まつした)は、尾張(愛知県)・三○・遠江(静岡県)などにこの地名がある。……(この項は原文の行が崩れており、地名の並びが重複したうえ、以下は途中から松下之綱の家の記事になっている) ……(松下之綱は遠江の)城に住んだ。豊臣秀吉ははじめ、この之綱の家の下男であった。その後、天下を治められるに至ったとき、之綱はすでに死んでいた(之綱は天正十五年十二月に石見守に任じられ、慶長三年二月晦日に六十二歳で没した。秀吉と同年なので、本文の記事は誤りである)。子息の吉綱が召し出されて御相伴衆となり、一万石を賜って頭陀寺を領した。慶長五年の夏、東西の軍が一時に起こった。…… その後、石見守重綱(吉綱)は慶長八年二月に常陸筑波郡の小張へ移り、寛永元年三月に烏山二万八百石となり、寛永四年三月十四日に陸奥二本松城五万石を領した。この年、重綱が没して、その子・石見守長綱が継いだ(幼名は左助)。翌五年に同国三春の城へ移されて三万石となった。 『廃絶録』に「五年正月、子の左助に三万石を賜り三春へ移され、前年に賜った二万石を収められた。正保元年四月十日、長綱は狂疾のため城地を返上したいと、子の松平土佐守忠義を通じて言上したので、その望みのとおりとされた。翌年三月、子の嘉兵衛長光を召されて……」とある。……(この先は別の項の記事に移っている)

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

松下マツシタ尾張、三割、遠江等に此の地名あり。大村尾張、三割、遠江等に此の城に住す。豐臣太閤初めは、この之綱が家の奴にてぞまし〓〓ける。其の後天下の事知召されしに至つて、之綱·既に死す(之綱·天正十五年十二月、石見守に任じ、慶長三年二月晦卒、六十二歲。其つや、太閤と同年なれば、本文の記事誤也)。子息吉綱を召出されて御相伴衆になされ一萬石を賜はり、頭陀寺を領す。慶長五年の夏、東西の軍一時に起る。……その後、石見守重綱(吉綱)·慶長八年二月、常陸筑波郡小張に移り、寛永元年三月、烏山二萬八百石となり、寛永四年三月十四日、陸奥二本松城五萬石を領す。此の年、重綱卒し、其の男石見守長網·權ぐ(童名左助)。明五年、同國三春の城に移され、三萬石となる。廢絕錄に「五年正月、男左助に三萬石を賜はり、三春に移され、去年賜ふ所の二萬石を收めらる。正保元年四月十日、長綱·狂疾に因つて、城地返し奉らんと、男松平土佐守忠義をして言上せしかば、其の望に任せらる。明年三月、男嘉兵衛長光を召されて、ミ遠江國發祥の豪族にして、佐々木系圖に……

姓氏家系大辞典 第5巻 531コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

この名字の人々

同じ漢字を使う名字

松下に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が松下の前後にある名字です。

存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →