宮下
みやしたMiyashita
全国232位 ・ 約9.4万人
宮下(みやした/みやのした)は、武蔵・相模・安房・岩代・越後などにこの地名がある。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- みやした
- ローマ字
- Miyashita
- 全国順位
- 全国232位
- 推計人数
- 約9.4万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.076%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
宮下をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Miyashita読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
- 相模国(神奈川県)
- 岩代国(福島県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
宮下(みやした/みやのした)は、武蔵(東京都・埼玉県)・相模(神奈川県)・安房(千葉県)・岩代(福島県)・越後(新潟県)などにこの地名がある。 【1】桓武平氏 ― 伊勢(三重県)の名族で、平経盛○○、昌辰の子孫だという。 【2】諏訪神家族 ― 信濃諏訪の名族で、諏訪系図に「御衣祝有員―員家(宮下神五)」と載せる。 【3】信濃(長野県)の諏訪氏 ― 前項を参照。そのほか諏訪の宮下氏のうちには「某親王に従って来た」と伝えるものがあり、丸に葛葉を家紋とする。また伊那郡飯島付属の武士に「宮下但馬・十八貫文」と見える。 【4】桓武平氏大○氏族 ― 石川四郎国幹の子孫で(大○伝記)、『新編常陸国(茨城県)志』に「宮下は茨城郡水戸府下の地に出る。以上の五氏は石川家幹の子孫である」とある。そのほかは「石川」「常葉」「阿久津」などの項を参照。 【5】山内氏族 ― 岩代国大沼郡の宮下村から起こった。『新編会津風土記』に「館跡。山内氏の支族・大目俊久という者が住み着き、氏を宮下と称した。その子を宮左衛門忠常といい、その子の太郎右衛門後長は天正年中まで住んだという。その子孫は当家(保科家)に仕えて今もある」とある。 【6】和邇部姓 ― 駿河(静岡県)の豪族で、富士系図に「義尊(大宮司)―高道(宮下八郎左衛門尉。宮下に居り、大石・船津・根阪の三村を領する)―縫尊(河口太郎)、弟の尊房(宮下八郎)」と見える。 【7】雑載 ― そのほか薩摩伊作の名族に宮下氏、紀伊国(和歌山県)伊都郡隅田共の地士に宮下弥八郎、また根岸肥前守の用人に宮下氏が見え、さらに筑前(福岡県)・備前(岡山県)・播磨(兵庫県)・摂津(大阪府・兵庫県)・武蔵・陸前(宮城県・岩手県)・陸奥(東北地方)などにもある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
宮下ミヤシタミヤノシタ武藏、相摸、安房、岩代、越後等に此の地名存す。 1桓武平氏伊勢の名族にして、平經盛〇円、昌辰の後也と云ふ。 2諏訪神家族信濃諏訪の名族にして、諏訪系圖に「御衣祝有員-員家(宮下神五)」と載せたり。 3信濃の諏訪氏前項參照。その他、政訪宮下氏の内には「某親王に從ひて來る」と傳ふるものありて、丸に葛葉を家紋とするあり。又伊那郡飯島附屬の士にありて、「宮下但馬·十八貫文」と見ゆ。 4相武平氏大振氏族石川四郞國幹の後にして(大撤傳記)、新編國志に「宮下·茨城郡水戶府下の地に出づ、以上五氏、石川家幹の後なり」と。その他は石川、常葉、阿久津等の條を見よ。 5山内氏族岩代國大沼、郡宮下村より起る。新編會津亂土記に「館述·山内氏の支族大目俊久と云ふ着住し、氏を宮下と稱す。其の子を宮左衞門忠常と云ひ、其の子太郞右衞門後長·天正中まで住せりと。其の子孫·當家に仕へて今に存す」と。 6和邇部姓駿河の豪族にして、富士系圖に「義尊(大宮司)-高道(宮下八郞左衞門尉、宮下に居り、大石、船津、根阪の三村を領す)-縫尊(河口太郞)、弟尊房(宮下八郞)」と見ゆ。 7雜載その他、薩摩伊作の名族に宮下氏、紀伊國伊都郡隅田共地士に宮下彌八郎又根岸肥前守用人に宮下氏見え、又筑前、備前、播磨、攝津、武蔵、陸前、陸奥等に存す。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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宮下に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
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全国順位が宮下の前後にある名字です。
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