菱

竹田

たけだTakeda

全国231位 ・ 約9.4万人

竹田(たけだ)は、『和名抄』が遠江国敷智郡に竹田○を載せて「太介多」と注記し、次に佐渡国雑太郡に竹田郷、丹波国氷上郡に竹田○(後世の上・中・下の竹田邑)、伯耆国…

2件の公開家系図に 1人

基本情報

読み
たけだ
ローマ字
Takeda
全国順位
全国231位
推計人数
約9.4万人
全国比率
日本人のおよそ0.076%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

竹田をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Takeda読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「竹田」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第4巻 11コマに「家紋折入萎、十六葉菊、五七桐、下り藤」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 遠江国(静岡県)
  • 佐渡国(新潟県)
  • 丹波国(京都府・兵庫県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

竹田(たけだ)は、『和名抄』が遠江国(静岡県)敷智郡に竹田○を載せて「太介多」と注記し、次に佐渡国(新潟県)雑太郡に竹田郷、丹波国(京都府・兵庫県)氷上郡に竹田○(後世の上・中・下の竹田邑)、伯耆国(鳥取県)河村郡に竹田○(後世の竹田邑)があり、また山城(京都府)・大和(奈良県)・但馬(兵庫県)に竹田庄、そのほか羽前(山形県)・越前(福井県)・美作(岡山県)・備後(広島県)・讃岐(香川県)・豊後(大分県)などにこの地名がある。また「武田」や前後の各項と通じて用いられることがあるので、あわせて参照。 【1】竹田臣 ― 阿倍氏の一族である。どこの地名を名乗ったのかは明らかでない。『姓氏録』には左京皇別に収めて「竹田臣。阿倍朝臣と同祖。大彦命の子・武渟川別命の子孫である」と見える。この氏の人で、弘仁四年に○○宿禰を賜り、天安元年に○岑朝臣を賜った者がある。それぞれの項を参照。また甲州(山梨県)の武田氏はこの子孫だという説がある。 【2】竹田連 ― 神魂尊の子孫で、『姓氏録』左京神別に収め「竹田連。神魂命十三世の孫・八束脛命の子孫である」と見える。 【3】竹田史 ― 『拾芥抄』に見える。 【4】(湯母)竹田連 ― 尾張氏の一族で、大和国十市郡の竹田邑から起こった。この地は『万葉集』に竹田庄、『延喜式』に竹田神社を載せる。竹田川辺連と同族で、『姓氏録』左京神別に「湯母竹田連。火明命五世の孫・建刀米命の子である武田折命が、景行天皇の御世に○に擬して田を賜った。一夜のうちに菌がその田に生えた。天皇はこれを召し上がって、菌田連の姓を賜い、後に湯母竹田連に改めた」と見える。 「菌がその田に生えた、云々」というのは信じるに足りない。もともと武田折の名はこの地名から来たものだろう。「菌田」はその字の訓を借りただけである。「湯母」「竹田川辺」の項を参照。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

竹田タケダ和名抄、遠江國數智郡に竹田〓を收めて、太介多と註し、次に佐渡國雜太郡に竹田郷、丹波國氷上郡に竹田綿(後世上中下の竹田邑)、伯書國河村郡に竹田〓(後世竹田邑)、また山城、大和、但馬に竹田庄、その他、羽前、越前、美作、備後、讃岐、豐後等に此の地名存す。又武田、及び前後各條と通じ用ひらるゝ事あれば、併せ見よ。 1竹田臣阿倍氏の族なり。何處の地名を負ひたるか詳ならず。姓氏錄には左京皇別に貫し「竹田臣。阿倍朝臣と同祖。大彥命の男·武渟川別命の後也」と見ゆ。此の氏人にて、弘仁四年に〓〓宿〓を賜ひ、天安元年に〓岑朝臣を賜へる者あり。各條を見よ。又甲州の武田氏は此の裔なりとの說あり。 2竹田連神魂尊の裔にして、姓氏錄、左京神別に收め「竹田連。神魂命十三世の孫·八束脛命の後也」と見ゆ。 3竹田史拾芥抄に見ゆ。 4(湯母)竹田連尾張氏の族にして、大和國十市郡竹田邑よリ起る。この地は萬葉集に竹田庄、延喜式に竹田神社を收む。武田川邊連と同族にして、姓氏錄、左京神別に「湯母竹田連。火明命五世の孫·建刀米命の男武田折命、景行天皇の御世、殖に擬して田を賜ふ。夜宿の間に、酉其の田に生ず。天皇開食して、姓を菌田連と賜ひ、後に湯母竹田連に改む」と見ゆ。「菌·其の田に生ず。云々」など云ふは信ずるに足らず。旣に武田折の名は此の地名より來りたるものならん。菌田は其の字訓をかりたるのみ。湯母條、竹田川邊條參照。

姓氏家系大辞典 第4巻 11コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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