原田
はらだHarada
全国51位 ・ 約28万人
原田(はらだ)は、摂津国豊島郡に原田荘がある。
1件の公開家系図に 1人
基本情報
- 読み
- はらだ
- ローマ字
- Harada
- 全国順位
- 全国51位
- 推計人数
- 約28万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.23%
- 県内ベスト5
- 山口県(5位)
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
多い都道府県
「原田」が県内ベスト5に入っている都道府県です。色の濃さは県内の占率を表します(ベスト5に入らない県は、数字が公表されていないため無色です)。
- 〜1%
- 1〜1.5%
- 1.5〜2%
- 2〜3%
- 3%〜
- データなし
県ごとの数字を見る
| 都道府県 | 県内順位 | 占率 |
|---|---|---|
| 山口県 | 5位 | 0.95% |
都道府県別データについて
都道府県別の順位・占率は、明治安田生命「全国同姓調査」(2018年8月8日発表、同社の契約者約655万人が母集団)で公表されたベスト5です。国勢調査ではないため、実際の県内人数の順位とは異なることがあります。 調査結果(PDF)を見る →
ローマ字で書くと
原田をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Harada読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 摂津国(大阪府・兵庫県)
- 遠江国(静岡県)
- 筑前国(福岡県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
原田(はらだ)は、摂津国(大阪府・兵庫県)豊島郡に原田荘がある。『摂津志』に「福井・岡山・曾○・原田・桜塚・○勝部・走井・利倉の九邑」と見える。また遠江(静岡県)・筑前(福岡県)などに原田庄があり、そのほか遠江・駿河(静岡県)・羽前(山形県)・陸奥(東北地方)・隠岐(島根県)・美作(岡山県)・筑前・肥後(熊本県)などにこの地名がある。 【1】大蔵姓 ― 鎮西屈指の大族で、筑前国御笠郡(筑紫郡)の原田邑から起こり、岩戸館に拠った。その出自について原田家伝は次のようにいう。「大蔵氏は漢の高祖十五代の子孫で、後漢の孝霊皇帝の子・阿智使主王、その子の阿多倍が漢の家を辞して倭国に入った。応神天皇の御代のことである。その子の大蔵の伊美吉は播磨国(兵庫県)を賜り、明石の大蔵谷に住んだ」。 筑前国原田嫡流系図にはこうある。「そもそも大蔵姓は、漢の高祖皇帝十五代の子孫・漢の孝霊皇帝の孫の阿智王、その子の阿多倍が漢の家を辞して日本に入り、○内大臣の…(この部分は原文の文字が崩れていて読み取れない)…三人の王子を生んだ。長男は坂上、次男は大蔵、三男は内蔵である。次男が大蔵朝臣を賜り、それより十余代の子孫にあたる対馬守春実朝臣が、朱雀院の御代、天慶三年五月三日に錦の御旗を賜って逆臣・藤原純友を追討した。その勲功によって征西大将軍となり、豊前(福岡県・大分県)・筑前・肥前(佐賀県・長崎県)と壱岐(長崎県)・対馬(長崎県)の三前二島を治め、筑前国○○郡岩門に住んだ。のちにそこを御所原と号する(このとき菊桐の御紋と日の丸の御印を拝領した)」。 続けて系図は「斉明天皇十余代の末葉。春実、征西大将軍兼○、正五位上大蔵朝臣、対馬守と号する。春種、大宰貫首兼長門守。種光、大宰大監兼壱岐守。種弘、大宰大監。種資、岩門権守」と続く。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
原田ハラダ攝津國豐島郡に原田莊あり攝津志に「福井、岡山、曾祠、原田、櫻塚、圖勝部、走井、利倉の九邑」と見ゆ。又遠江、筑前等に原田庄、その他、遠江、駿河、羽前、陸奥、隱岐、美作、筑前、肥後等に此の地名あり。 1大藏姓鎭四屈指の大族にして、筑前國御笠郡(筑紫郡)原田邑よリ起り、岩戶館に據る。その出自に關しては、原田家傳に「大藏氏は漢高祖十五代の後胤、後漢の孝靈皇帝の子阿智使主王、其の子阿多倍、漢家を辭して、倭國に入る。應神天皇の御宇也。其の子大藏の伊美吉、播磨國を賜ひ、明石の大藏谷に居住す。筑前國原田嫡流系圖。夫れ大藏姓は、漢高祖皇帝十五代の後胤·漢孝靈皇帝の孫阿智王、其の子阿多倍·漢家を辭して、和國に入り、伍內大臣嫁○○天王女○產三王子、一男子は坂上、二男子は大藏、三は内藏也。中子·大藏朝臣を賜ひ、余れより巳來十餘代の後胤、對島馬守春實朝臣·朱雀院御字、天慶三年庚子五月三日、錦の御旌を賜ひて、逆臣藤原純友を追討す。其の動功に依りて、征四大將軍、豐前、筑前、肥前、電話、對馬の三前二島を管領し、筑前國郡何郡岩門に居住す、後に御所原と號する也。(此の節、菊桐の御紋、日ノ丸の御印を拜領す)。齊明天皇十餘代末葉。春實·征四大將軍兼臣正五位上大藏朝臣號對馬守。春種·大宰貫首兼長門守。種光·大宰大監兼壹岐守。種弘·大宰大監。種資·岩門權守。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
この名字の人々
同じ漢字を使う名字
原田に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「原」の字を含む名字
「原田」で始まる・原田を含む名字
原田の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が原田の前後にある名字です。
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