桑原
くわはらKuwahara
ほかの読み: くわばら
全国203位 ・ 約10万人
桑原(くわばら)は、『和名抄』の大和国葛上郡に桑原郷があり、『日本書紀』に桑原邑と見える古い地である。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- くわはら ・ くわばら
- ローマ字
- Kuwahara
- 全国順位
- 全国203位
- 推計人数
- 約10万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.085%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
桑原をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
「くわはら」と読む場合
Kuwahara読みをそのまま写した形
「くわばら」と読む場合
Kuwabara読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「桑原」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
『姓氏家系大辞典』第2巻 487コマに「家紋丸に寄梅評、左三巴」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 大和国(奈良県)
- 下総国(千葉県・茨城県)
- 近江国(滋賀県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
桑原(くわばら)は、『和名抄』の大和国(奈良県)葛上郡に桑原郷があり、『日本書紀』に桑原邑と見える古い地である。次に下総国(千葉県・茨城県)葛飾郡、近江国(滋賀県)高島郡に桑原○があり、信濃国(長野県)諏訪郡にも桑原○があって「久波々良」と注記する。『東鑑(吾妻鏡)』文治二年の条に桑原余田が見える。次に播磨国(兵庫県)揖保郡に桑原郷があって「久波々良」と注記する。 次に備後国(広島県)世羅郡、安芸国(広島県)佐伯郡、紀伊国(和歌山県)伊都郡、伊予国(愛媛県)温泉郡(久波々良)、土佐国(高知県)吾川郡、筑後国(福岡県)上妻郡、肥後国(熊本県)託麻郡、同国葦北郡などに桑原○を載せる。次に大隅国(鹿児島県)に桑原郡があって「久波々良」と注記し、郡内に桑原○を収める。同国肝属郡にも桑原○がある。そのほか播磨・安芸・越前(福井県)・筑前(福岡県)などにもこの地名がある。 【1】桑原漢人 ― 大和国葛上郡の桑原○にいた新羅からの俘人である。『日本書紀』神功皇后五年の条に「葛城襲津彦、云々。そこで新羅に至り、○津に泊まり、草羅城を落として帰った。このときの俘人らが、今の桑原・佐糜・高宮・忍海のおよそ四邑の漢人らの始祖である」と見える。……もしそうであれば、以下の系統の方が史実である。第五項を参照。後の説の方がよい。 【2】桑原村主 ― 前に述べた桑原漢人の首長で、漢の高祖の子孫と称する。『日本書紀』天武天皇紀に「桑原村主詞都」、次に『続日本紀』天平神護元年の記事に「大和国の人・桑原村主岡麻呂」などが見え、あるいは連の姓、ただし別系統には公の姓を賜った者もある。『姓氏録』左京諸蕃に収め、「桑原村主。漢の高祖七世の孫・万徳使主の子孫である」と注記する。 【3】坂上流の桑原村主 ― 坂上系図には、阿智使主に従って来た村主のうちにこの氏が見える。第一項の俘囚が、実は新羅に捕らえられていた漢人だとすれば、この伝えの方がよい。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
桑原クハバラ和名抄、大和國葛上郡に桑原郷、書紀に桑原邑と見ゆる地にて舊地也〓次に下總國葛飾郡、近江國高嶋郡に桑原〓、次に信濃國諏訪郡に桑原〓あり、久波々良と註す。東鑑文治二年條に桑原餘田見ゆ。次に播磨國揖保郡に桑原郷、久波々良と註す。次に備後國世羅郡、安藝國佐伯郡.紀伊國伊都郡、伊豫國温泉郡(久波々良)、土佐國吾川郡、筑後國上妻郡、肥後國託麻郡、同國葦北郡等に桑原〓を載せ、次に大隅國に桑原郡あり、久波々良と註し、郡内に桑善〓を收む。同國肝屬郡にも桑原〓あり。其の他、播摩、安藝、越前、筑前等にも此の地名あり。 1桑原漢人大和國葛上郡桑原〓にありし新羅俘人なり。神功紀五年條に「葛城襲津彥云々、乃ち新羅に詣リ、韜精津に次し、草羅城を拔きて還る。是の時の俘人等は、今の桑原、佐糜、高宮、忍海、凡そ四邑の漢人等の始祖也」と見ゆ。……果して然らば、以下の系の方、史實たる也。第五項を見よ。後說の方よし。 2桑原村主前述桑原漢人の首長にして漢高祖の後裔と稱す。天武紀に「桑原村主詞都、」次に天平神護元年紀に「大和國人桑原村主岡麻呂」等見え、或は連姓、但し異流或は公姓を賜へり。姓氏錄左京諸蕃に收め、「桑原村主、漢高祖七世の孫·萬德使主の後也」と註す。 3坂上流桑原村主坂上系圖、阿智使主に隨ひ來りし村主の內に·此の氏見ゆ。第一項の俘囚は、其の實新羅に俘へられし漢人とすれば、此の傳よし。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
桑原に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「桑」の字を含む名字
「桑原」で始まる・桑原を含む名字
桑原の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が桑原の前後にある名字です。
存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →
