小原

おはらOhara

ほかの読み: おばら

全国244位 ・ 約9.0万人

小原(こはら)は、多くを「ヲハラ」の項で述べたが、「こはら」と読むものも多い。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
おはら ・ おばら
ローマ字
Ohara
全国順位
全国244位
推計人数
約9.0万人
全国比率
日本人のおよそ0.073%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

小原をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

「おはら」と読む場合

Ohara読みをそのまま写した形

「おばら」と読む場合

Obara読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 備前国(岡山県)
  • 伊賀国(三重県)
  • 丹波国(京都府・兵庫県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

小原(こはら)は、多くを「ヲハラ」の項で述べたが、「こはら」と読むものも多い。ここでは漏れたものを補う。 【1】赤松氏流 ― 「ヲハラ」の項の第十六項を参照。この氏は赤松氏の一族で、その配下の将だったという。『東作志』吉野郡小原庄尾崎村山王山古城の条に、次のようにある。「康安年間、小原孫次郎入道信明がいた。小原は赤松の一族で配下である。○安元年七月、山名時氏に滅ぼされた。康正二年、宇野中務大夫家貞がこの城を再興し、山に築いて住んだ。軍功によって吉野・○北の二郡と、備前(岡山県)のうち和気郡三か庄を将軍義政公から賜った。このとき小原城と改称した。延徳元年に家貞が没し、その跡を継いだ新免伊賀守貞重がいた。康正二年から明応二年まで三十九年在城した」。また植月系図に「植月和助の娘は小原丹波守泰真の室」とある。 【2】平姓 ― 『中興系図』に見える。 【3】丹波(京都府・兵庫県)の小原氏 ― 「ヲハラ」の項の第十二項を参照。天田郡にもこの氏がある。『丹波志』に「子孫は河合村上河合。須家に小原喜右衛門の墓がある」と見える。 【4】村上源氏小原氏流 ― 伊勢国(三重県)一志郡の豪族で、『名勝志』に「小原城址、近衛氏宅址は小原村字平野の山上にある。伝えるところでは、北畠氏の一族・北畠房雄がここに居り、小原北畠氏と称した。後、数世これを○いだ」とある。 【5】物部姓(源姓) ― 陸中国(岩手県・秋田県)和賀郡の小原(こはら)邑から起こった。種内権現堂の別当家で、『和賀○村志』に「種内権現堂に再興五度の棟札がある。中でも応永二十二年の棟札には草創のことを挙げて『……(この部分は原文の行が崩れていて読み取れない)……弘法大師の徒弟・日弘侍者が一体の不動尊を奉じてこの地に来り、いばらを刈って権現堂を建ててこれを安置した、云々。再興の大檀那、前信濃守平時義、法名は□義』」とある。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

小原コハラ多くはヲハラ條に述べたれど、コハラと云ふも多し。猶ほ漏れたるを補ふべし。 1赤松氏流ヲハラ條第十六項を見よ。この氏は赤松氏の族にて、其の配下の將なりと。東作志、吉野郡小原庄尾崎村山王山古城條に「康安中、小原孫次郞入道信明·居る。小原は赤松の氏族にして屬下なり。廉安元年辛丑七月、山名時氏の爲に沒落す。康正二年丙子、字野中務大夫家貞·當城を再興し、山に築き居住す。軍忠に依りて吉野苦北二郡、備前の内·和氣郡三ヶ庄を、將軍義政公より賜ふ。此の時、小原城と改號す。延德元年、家貞卒す。其の嗣、新免伊賀守貞重居る。康正二年より明應二年まで三十九年在城す」と見え、また植月系圖に「植月和助の女子·小原丹波守泰眞室」と2平姓中興系圖に見ゆ。 3丹波の小原氏ヲハラ條第十二項を見よ。天田郡にも此の氏あり。丹波志に「子孫河合村上河合、須家に小原喜右衞門墓あり」と見ゆ。 4村上源氏小原氏流伊勢國一志郡の豪族にして、名勝志に「小原城址、近衞氏宅址、小原村字平野の山上に在り。相傳ふ、北畠氏の旅北畠房雄之に居り、小原北畠氏と稱す。後、數世之を水く、」とあリ。 5物部姓(源姓陸中國和賀郡小原(コハラ)邑より起る。種内權現堂別當家にして、和賀〓村志に「種内權現堂に再興五度の棟札あり。中にも、應永廿二年乙未の棟札には、草創の事を擧げて、『水和信濃等にあり、フ小林か、その條に併せ云らぬ、弘法徒弟日弘侍者、一體の不動尊を奉じて此處に來り、荊棘を苅り、權現堂を建てゝ之を安置す云々。再與大檀那、前信濃守平時義、法名□義。

姓氏家系大辞典 第3巻 49コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

小原と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

小原に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

「小原」で始まる・小原を含む名字

小原の字をそのまま含む、より長い名字です。

同じくらいの多さの名字

全国順位が小原の前後にある名字です。

存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →