丸に揚羽蝶

石原

いしはらIshihara

ほかの読み: いしわら

全国144位 ・ 約14万人

石原(いしはら)は、『和名抄』が山城国紀伊郡に石原○を載せる。

2件の公開家系図に 4人

基本情報

読み
いしはら ・ いしわら
ローマ字
Ishihara
全国順位
全国144位
推計人数
約14万人
全国比率
日本人のおよそ0.11%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

石原をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

「いしはら」と読む場合

Ishihara読みをそのまま写した形

「いしわら」と読む場合

Ishiwara読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「石原」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第1巻 179コマに「家紋丸に揚羽蝶、一二の文字」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 山城国(京都府)
  • 紀伊国(和歌山県)
  • 武蔵国(東京都・埼玉県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

石原(いしはら)は、『和名抄』が山城国(京都府)紀伊郡に石原○を載せる。中世以後は石原荘といい、日吉社領注進状に見える。そのほか武蔵(東京都・埼玉県)・三○・甲斐(山梨県)・上野(群馬県)・美濃(岐阜県)などに石原村がある。 【1】石原連 ― 蝦夷(北海道)の長の称号である。『日本後紀』弘仁三年九月の記事に「陸奥国(東北地方)遠田郡の人・勲七等 竹城公金弓ら三百九十六人が言うには、自分たちはまだ田夷の姓を脱していない、云々。勲八等 石原公多気志ら十五人に陸奥石原連を賜った」と見える。 【2】陸奥石原連 ― 前項で述べた。 【3】三枝氏流 ― 甲斐国造の一族で、三枝七名字の一つである。石原太郎守氏(また石原介守時、母は石原氏)から出たという(『甲斐国志』)。後世、石原守種の子に、兄の石原主水守繁、弟の三枝丹波守守綱があり、守繁の子に豊後守守玄と新左衛門尉守明の二人がある。下岩崎村に石原田があり、東八代郡の岩崎・藤井・一ノ宮、および巨摩郡の石原氏などが『甲斐国志』に見える。天正十一年の二宮神領書に石原四郎右衛門昌明があり、御嶽の記録にも石原氏がある。 【4】甲州の源姓 ― 『寛政系譜』の呈譜に清和源氏だとある。○政(信虎に仕える)―政成(信玄に仕える)以下、本家・分家六家の系がある。『寛政系譜』は藤原氏支流に収める。家紋は丸に揚羽蝶、一二の文字。 【5】甲州の藤原姓 ― 『寛政系譜』は前項の石原氏と同様に藤原支流に収めるが、その家の呈譜には清和源氏とある。本家・分家八家を載せる。いずれももと武田氏の臣下から出た。家紋は輪違いに一二の文字、丸に揚羽蝶。 【6】武蔵の石原氏 ― 甲斐の三枝の○政経が石原にいて石原を称したという。 【7】清和源氏斯波流 ― 三河国(愛知県)宝飯郡発祥の石原氏がある。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

石原イシハラ和名抄山城國紀伊郡に石原〓を收む、中世以後石原莊と云ふ、日吉社領注進狀に見ゆ。其の他武藏、三割、甲斐、上野、美濃等に石原村あり。 1石原連蝦夷會長の稱號なり。弘仁三年九月紀に「陸奥國遠田郡人動七等竹城公金弓等三百九十六人言ふ、己等未だ田夷の姓を脫せず云々。勳八等石原公多氣志等十五人陸奥石原連を賜ふ、」と見ゆ。 2陸奥石原連前條に云へり。 3三枝氏流甲斐國造族にして三枝七名字の一也、其に石原太郎守氏(また石原介守時、母石原氏)より出づと云ふ(甲斐國志)。後世石原守種の子、兄は石原主水守繁、弟は三枝丹波守守綱、守繁の男豊後守守玄、新左衞門尉守明の二人あり。下岩崎村に石原田存し、東八代郡岩崎、藤井、一ノ宮、及び巨摩郡の石原氏等國志に見ゆ。天正十一年二宮神領書に石原四郞右衞門昌明あり。御嶽索にも石原氏あり。 4甲州源姓寛政の呈語に〓和源氏也とあり。政(信虎に仕ふ)-政成(信玄に仕ふ)以下、本支六家の系あり。寛政系譜藤原氏支流に收む、家紋丸に揚羽蝶、一二の文字。 5甲州藤姓寛政系譜前條石原氏と同樣藤原支流に收むれども、其家諸には〓和源氏とあり、本支八家を載す。皆もと武田氏の臣下より出づ。家紋輪違に一二の文字、丸に揚羽蝶。 6武藏の石原氏甲斐三枝の熊政經、石原に在りて石原を稱すと云ふ。 7〓和源氏斯波流三河圖賣飯郡發祥の石原氏あり。

姓氏家系大辞典 第1巻 179コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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