柳生
やぎゅうYagyuu
全国1895位 ・ 約8,190人
柳生(やぎゅう)は、前項を参照。
2件の公開家系図に 9人
基本情報
- 読み
- やぎゅう
- ローマ字
- Yagyuu
- 全国順位
- 全国1895位
- 推計人数
- 約8,190人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
柳生をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Yagyuu読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 大和国(奈良県)
- 播磨国(兵庫県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
柳生(やぎゅう)は、前項を参照。そのほか上野(群馬県)などにもこの地名がある。 【1】楊生首 ― 前項の楊生郷より起こる。「大同類聚方」に「大和人楊生首春人」と見える(「地理志料」)。 【2】菅原姓 ― 前項と同様、大和国(奈良県)添上郡楊生郷(柳生庄)より起こる。伝えていう、菅家の○(この一字は原文が崩れている)、大膳亮永家の後で、播磨守永珍の弟・中坊は後醍醐帝に仕えたという。 「寛永系譜」には「春日社記」を引いて、「宇治関白頼通が大和四箇○(この一字は原文が崩れている)を春日社に寄せて奉行を定めた。すなわち大柳生庄は右京利平、坂原庄は左京基継、邑地庄は修理包成、小柳生庄は大膳永家である。当氏は永家の裔で、菅家の流れを継いで小柳生を領する」とある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
柳生ヤギフ前條參照、その他、上野等にも此の地名あり。 1楊生首前條楊生郷より起る。大同類聚方に「大和人楊生首春人」見ゆ(地理志料)。 2菅原姓前項と同樣、大和國添上郡楊生〓(柳生庄)より起る。傳へ云ふ、菅家·白質,大膳亮永家の後播磨守永珍の弟中坊·後醍醐帝に仕ふ。……寬永系譜には春日社記を引き「宇治關白賴通·大和四箇〓を春日社に寄せ奉行を定む。即ち大柳生庄は右京利平、坂原庄は左京基繼、邑地庄は修理包成、小柳生庄は大膳永家也。當氏は永家の裔にして、菅家つ風、小柳生を頷す」と。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
この名字の人々
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柳生に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「柳」の字を含む名字
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