蝶

中根

なかねNakane

全国616位 ・ 約3.2万人

中根(なかね)は、尾張・武蔵・下総・常陸などにこの地名がある。

2件の公開家系図に 2人

基本情報

読み
なかね
ローマ字
Nakane
全国順位
全国616位
推計人数
約3.2万人
全国比率
日本人のおよそ0.026%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

中根をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Nakane読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「中根」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第4巻 425コマに「家紋丸に抱翼荷、揚羽の蝶、花襄荷」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 尾張国(愛知県)
  • 武蔵国(東京都・埼玉県)
  • 下総国(千葉県・茨城県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

中根(なかね)は、尾張(愛知県)・武蔵(東京都・埼玉県)・下総(千葉県・茨城県)・常陸(茨城県)などにこの地名がある。 【1】清和源氏佐竹氏族 ― 常陸の豪族で「仲根」氏ともある。那珂郡の中根邑から起こった。小田野本の佐竹系図には南酒出義茂から分かれるとし、佐竹白石系図には「北酒出の一族・白石源忠の子・義任(出雲守。中根、これである)」と注記する。その子孫で、中根城は…… (ここから原文の組版が入り乱れ、別項「長沼」(会津・伊達)の記事が丸ごと入り込む)「長沼実国が上三依村の姥捨山に館を構えた。糸沢村の竜福寺に永禄元年十二月の長沼盛勝の判書がある。また田島邑の徳昌寺に長沼盛秀の墓があって『天正十八年三月二日 施主敬白』とある。 また『四家合考』に『盛秀が小林館を攻め落とす』ことを載せ、また『新編風土記』会津郡河島組の条に『中荒井村の館趾。長沼三郎左衛門常則という者が築き、慶長年中に渡部左京助某が住んだと言い伝える』とある。また同郡糸沢村の飯述は『天正年中、長沼小次郎某が居住した』という。……(中略) また『封内風土記』に『芋沢邑の字郡福大明神社の梁上の古い牒に「藤原朝臣長沼伊勢守政継、福徳元年(延徳二年)丙戌年建立」とある。またその二に「藤原朝臣長沼式部少輔宗治、天文五年丙申建立」、その三に「藤原朝臣長沼○六大膳宗家、永禄五年壬戌建立」と見える。長沼は○六氏の本来の称号か。○六氏は国分家臣である』とある。……(中略)また『栗原庄宮沢邑の古い塁は、今、藩士の長沼氏がここに居る』とある。『武鑑』は伊達藩の年寄にこの氏を収める」。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

中根ナカネ尾張、武蔵、下總、常陸等に此の地名存す。 1〓和源氏佐竹氏族常陸の豪族にして仲根氏ともあり。那珂郡中根邑より起る。小田野本佐竹系圖には、南酒出義茂より分るとし、佐竹白石系圖には、「北酒出の族·白石源忠の子義任(出雲守、中根、是れ也)」と註す。其の後にして、中根城は長沼實國·上三依村姥捨山に館を構ふ。糸澤村龍福寺に、永祿元年十二月の長沼盛勝の判書あり。又田島邑德昌寺に長沼盛秀の墓ありて、「天正十八年三月二日施主敬白」と。なほ河原田條、大竹條參照。又四家合考に「盛秀·小林舘を攻め落す」事を載せ、又新編風土記、會津郡河島組條に「中荒井村舘趾。長沼三郞左衛門常則と云ふ者築き、慶長中、渡部左京助某住せりと云ひ傳ふ」と又同郡糸澤村飯述は「天正中、長沼小次郞某居住」と云ふ。……又封內風土記に『芋澤邑字郡福大明神社梁上の古牒に「藤原朝臣長沼伊勢守政繼、福德元年(延德二年)丙戌年建立」と。た「藤原朝臣長沼式部少輔宗治、天文五年丙申建立」と其の三に「藤原朝臣長沼〓六大膳宗家、永祿五年壬戌建立」と見ゆ。長沼は〓六氏の本稱か。〓六氏は國分家臣也、』と。……また「栗原庄宮澤邑の古壘は今藩士長沼氏·之に居る」と。武鑑、伊達藩年寄に此の氏を收む。

姓氏家系大辞典 第4巻 425コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

この名字の人々

同じ読みの名字

中根と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

中根に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

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