根来
ねごろNegoro
全国2207位 ・ 約6,640人
根来(ねごろ)は、紀伊、そのほか若狭・伊予などにこの地名がある。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- ねごろ
- ローマ字
- Negoro
- 全国順位
- 全国2207位
- 推計人数
- 約6,640人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
根来をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Negoro読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「根来」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
丸に引両
横に引いた太い線を二本並べた図案。
『姓氏家系大辞典』第5巻 18コマに「家紋割糞荷、丸に二引」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 紀伊国(和歌山県)
- 若狭国(福井県)
- 伊予国(愛媛県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
根来(ねごろ)は、紀伊(和歌山県)、そのほか若狭(福井県)・伊予(愛媛県)などにこの地名がある。……(中略) 戦国のころ、その衆徒はすこぶる多く、また強勇をもって聞こえ、さながら天下の一大諸侯であった。根来岩室坊○鮎などは万騎を率いて和泉(大阪府)に入り、織田信長、続いて豊臣秀吉らと争った(この一字は原文が崩れている)。 和泉の貝塚城、千石堀・畠中、金福寺城(また野田山城)、高城などは、この衆徒および雑賀衆徒が拠った地である。雑賀・土橋・鈴木・中村などの項を参照。 また和泉国日根郡積善寺城(南近義村橋本)は、永禄元年、根来衆徒が構えたものという。要害はすこぶる堅固であった。 のち本丸大将は出原右京、法橋頭は三位、本丸矢倉は出田長寿院・山下南坊、北矢倉は四蔵院・寿室院、南矢倉は近木忠三郎・熊取寿明院・同大納言らが守備にあたった。籠城の人数は九千五百人であった。 天正十二年、小牧の役に出原右京が守将であった。翌十三年三月、秀吉の南征にあたり長岡父子・蒲生忠三郎に攻められ、近木源左衛門らがよく防いだが衆意まとまらず、ついに降った。……(中略)成瀬などの項を参照。 【3】佐代公姓 ― 和泉国日根郡の名族である。高瀬・佐代などの項を参照。 【4】藤原姓 ― 江戸幕臣で、その実は前項の氏と同じである。しかし家譜には「先祖は霜と称した。大和盛重のとき根来に改めた」とある。この人は熊取谷の郷士である。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
根來ネゴロ紀伊、その他、若狭、伊豫等に此の地名あり。……戰國の頃、その衆徒顔る多く、又强勇を以つて聞え、宛然天下の一大請侯たり。根來岩室坊〓鮎等は萬騎を率ゐて和泉に入り、織田信長、續きて豐臣秀吉等と爭ふ。和泉の貝塚城、千石掘.畠中、金福寺城(又野田山城)、高城等は、此の衆徒、及び雜賀衆徒の據りし地也。雜賀、土橋、鈴木、中村等を見よ。又和泉國白根郡積善寺城(南近義村橋本)は、永祿元年、根來衆徒の構へしものと云ふ。要害頗る堅固にして、後本丸大將出原右京、法橋頭三位、本丸矢倉は出田長壽院、山下南坊、北矢倉は四蔵院、壽室院、南矢倉は近木忠三郞、熊取壽明院、同大納言等·守備に當る。籠城人數九千五百人也。天正十二年、小牧の役出原右京·守將たり。翌十三年三月、秀吉南征、長岡父子、蒲生忠三郞に攻められ。近木源左衞門等よく防ぎしも衆意せせず遂に降る。……成瀬等の條を見よ。 3佐代公姓和泉國日根郡の名族也。高瀨.佐代等の條を見よ。 4藤原姓江戶幕臣にして、其の實、前項氏に同じ。されど家譜には「先祖霜と稱す。大和盛重の時·根來に改む」と。此の人熊取谷の郷士也。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
根来に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「根」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が根来の前後にある名字です。
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