基本情報
この人について
徳川 慶臧(とくがわ よしつぐ)は、江戸時代後期の尾張藩の第13代藩主。田安徳川家第3代当主徳川斉匡の十男。官位は従三位・権中納言。紀州藩主徳川斉彊の養女(尾張藩第12代藩主徳川斉荘の娘)と婚約していた。
この略歴はウィキペディア日本語版「徳川慶臧」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
徳川慶臧を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
養子
養子
近姫
長女
1800年〜1830年
徳川匡時
次男
1805年〜1839年
鑅姫
四女
1805年〜1860年
徳川斉位
四男
一橋徳川家5代当主
1818年〜1837年
徳川慶壽
五男
一橋徳川家7代当主
1823年〜1847年
鋭姫
六女
1807年〜1820年
猶姫
七女
1807年〜1872年
松平春嶽
八男
福井藩16代藩主、政治家
1828年10月10日〜1890年6月2日
鐐姫
八女
1808年〜1890年
欽姫
九女
1809年〜1851年
徳川慶頼
九男
田安徳川家5代・8代当主
1828年〜1876年
筆姫
十九女
1830年〜1886年
加津
由起
矩姫
徳川慶勝
次男
尾張徳川家14代・17代当主、名古屋藩知事
1824年4月14日〜1883年8月1日
お玉の方
たけ
徳川慶臧
十男
尾張藩主
1836年7月28日〜1849年4月29日
猗姫
十女
1811年〜1817年
愛姫
十四女
1818年〜1832年
千重姫
十五女
1821年〜1860年
純姫
十六女
1821年〜1906年
お連以の方
徳川斉匡の側室
1796年〜1871年
徳川斉匡
五男
田安徳川家第3代当主
1779年5月30日〜1848年6月30日
徳川斉荘
尾張藩12代藩主
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家族
年表:徳川慶臧と、その時代
年表の見方
- 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
- 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
- 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
- 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
- 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。
この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。
表示範囲
本人(徳川慶臧)
日本の出来事
江戸時代
明治
1820
1825
1830
1835
1840
1845
1850
1855
1860
1865
本人
- 1824年子・徳川慶勝 誕生
- 1836年7月誕生
- 1849年4月死去
日本の出来事
- 1837年大塩平八郎の乱が起こる
- 1839年蛮社の獄で蘭学者が罰せられる
- 1841年水野忠邦の天保の改革が始まる
年表を一覧で読む
| 1824年 | 本人:子・徳川慶勝 誕生 |
|---|---|
| 1836年7月 | 本人:誕生 |
| 1837年 | 日本の出来事:大塩平八郎の乱が起こる |
| 1839年 | 日本の出来事:蛮社の獄で蘭学者が罰せられる |
| 1841年 | 日本の出来事:水野忠邦の天保の改革が始まる |
| 1849年4月 | 本人:死去 |
- 本人の出来事
- 日本の出来事
- 本人の生涯・活動期間
年表でわかること
この年表では、徳川慶臧の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、徳川慶臧がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。
日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。
明治5年(1872年)以前の月は、和暦(旧暦)の月です。
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