島津

しまづShimazu

全国841位 ・ 約2.3万人

島津(しまづ)は、古代に島津国があった。

13件の公開家系図に 58人

基本情報

読み
しまづ
ローマ字
Shimazu
全国順位
全国841位
推計人数
約2.3万人
全国比率
日本人のおよそ0.018%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

島津をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Shimazu読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 常陸国(茨城県)
  • 日向国(宮崎県)
  • 大隅国(鹿児島県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

島津(しまづ)は、古代に島津国があった。また『和名抄』の常陸国(茨城県)信太郡に島津郷が見え、また日向(宮崎県)・大隅(鹿児島県)・薩摩(鹿児島県)にまたがって島津庄がある。後に述べる。 【1】島津国造 ― 島津国とは志摩国(三重県)のことである。詳しくは「シマ」の項を参照。 【2】島津県直 ― 同上。 【3】惟宗朝臣姓 ― 日向国諸県郡の島津庄から起こった。この庄は万寿年間、太宰大監・平季基がその弟の平判官良宗とともに無主の荒野を開発し、関白藤原頼通(宇治関白家)に寄せたのに始まる。 爾来、島津御庄と称し、摂関家の伝領として次第にその範囲を拡張し、ついに薩摩・大隅・日向の三州にまたがって、公地公田はほとんど空しきに至った。康安の島津上総入道道鑒の代の得貴の言上にも「日向・大隅・薩摩の三箇国は島津庄内であることは御下文に明鏡である」とある。 ただし庄内には本荘・寄郡・私領などの別があって、性質・所務を異にする。その錯綜した状は、建久の図田帳を見てもその大要を知ることができる。 思うに薩摩・大隅・日向の三州は古代に隼人が占拠した地で、中古に及んでも特殊の施設があった。「隼人」「熊」「襲」などの項を参照。そして王政が弛廃し、諸国に荘園が盛んに興ると、この地方の土豪もこの風潮に流され、相率いてその所領の地を摂家に献じ、あるいは寄郡としてその保護を仰いだので、島津庄はたちまち三州に広がるに至ったものと考えられる。 その開発者、庄司などのことは「伊佐」「平」「肝付」「惟宗」などの項、およびそれらの項に見える各氏族の項を参照。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

島津シマツ古代島津國あり。又和名抄、常陸國信太郡に島津郷見え、又日向、大隅、薩摩に跨りて島津庄あり、後に云ふべし。 1島津國造島津國とは志摩國の事也。詳細はシマ條を見よ。 2島津縣直同上。 3惟宗朝臣姓日向國諸縣郡島津庄より起る。當庄は、萬壽年間、太宰大監平季基·その弟平判官良宗と共に、無主の荒野を開發し、關白藤原賴道(宇治關白家)に寄せしに創まる。爾來、島津御庄と稱し、攝護家の傳領として、次第に其の範園を擴張し、遂に薩隅日の三州に跨り、公地公田殆んど空しきに至れり。康安の島津上總入道々鑒代得貴の言上にも「日向、大隅、薩摩三箇國は、島津庄内たるので、御下文に明鏡たり」と。但し庄内には本荘、寄郡、私領等の別ありて、性質所務を異にす、その錯綜せる狀は、建久の圖田帳を見るも、その大〓を知るを得ん。思ふに薩隅日の三州は、古代隼人の占據せし地にして、中古に及びても特種の施設あり、隼人、熊、襲等の條參照ル而して王政の弛廢し、諸國に莊園の盛に興るや、當地方の土家も此の風湖に濁れず、相率ゐて其の所領の地を攝家に献じ、或は寄郡として、其の保護を仰ぎしかば、島津庄は忽ちにして三州に通くに至りしものと考へらる。その開發者、庄司等の事は、伊佐、平、肝付、惟宗等の條、及び其れ等の條に見ゆる各氏族の條を參照せよ。

姓氏家系大辞典 第3巻 295コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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