基本情報
この人について
島津忠久は、1179年〜1227年の記録がある方です。生まれは平安時代にあたります。肩書は「鎌倉時代前期の武将、島津氏の祖」と記されています。惟宗広言・藤原遠宗娘の子です。この図鑑では、配偶者1人、子の島津忠時・島津忠綱・島津忠直、兄弟姉妹の惟宗忠季がつながっています。公開されている1件の家系図に載っています。
この略歴は、公開されている家系図に書かれている内容(生没年・肩書・本籍・続柄・家族)から組み立てたものです。書かれていないことは載せていません。本籍・出身地は、作成者が公開を選んだ家系図でのみ表示されます。
家系図(近い家族)
島津忠久を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
ドラッグで移動、ホイール・ピンチやボタンで拡大縮小できます。人物をタップすると詳細が開きます。
家族
父母
配偶者
- 貞嶽夫人
兄弟姉妹
ご存命かもしれない方・掲載をお断りになった方は、お名前を伏せて人数だけを出しています。
年表:島津忠久と、その時代
年表の見方
- 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
- 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
- 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
- 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
- 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。
この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。
本人
- 1179年誕生
- 1202年子・島津忠時 誕生
- 1227年8月死去
日本の出来事
- 1180年源頼朝が伊豆で兵を挙げる
- 1183年平氏が都を落ちる
- 1185年壇ノ浦の戦いで平氏が滅びる
- 1185年国ごとに守護、荘園に地頭が置かれる
- 1189年奥州藤原氏が滅びる
- 1191年栄西が宋から帰り禅を伝える
- 1192年源頼朝が征夷大将軍になる
- 1199年源頼朝が没する
- 1203年北条時政が執権となる
- 1205年新古今和歌集がまとめられる
- 1212年鴨長明が方丈記を書く
- 1219年源実朝が討たれ源氏の将軍が絶える
- 1221年承久の乱が起こる
- 1224年親鸞が教行信証を書き始める
- 1227年道元が宋から帰り曹洞禅を伝える
年表を一覧で読む
| 1179年 | 本人:誕生 |
|---|---|
| 1180年 | 日本の出来事:源頼朝が伊豆で兵を挙げる |
| 1183年 | 日本の出来事:平氏が都を落ちる |
| 1185年 | 日本の出来事:壇ノ浦の戦いで平氏が滅びる |
| 1185年 | 日本の出来事:国ごとに守護、荘園に地頭が置かれる |
| 1189年 | 日本の出来事:奥州藤原氏が滅びる |
| 1191年 | 日本の出来事:栄西が宋から帰り禅を伝える |
| 1192年 | 日本の出来事:源頼朝が征夷大将軍になる |
| 1199年 | 日本の出来事:源頼朝が没する |
| 1202年 | 本人:子・島津忠時 誕生 |
| 1203年 | 日本の出来事:北条時政が執権となる |
| 1205年 | 日本の出来事:新古今和歌集がまとめられる |
| 1212年 | 日本の出来事:鴨長明が方丈記を書く |
| 1219年 | 日本の出来事:源実朝が討たれ源氏の将軍が絶える |
| 1221年 | 日本の出来事:承久の乱が起こる |
| 1224年 | 日本の出来事:親鸞が教行信証を書き始める |
| 1227年 | 日本の出来事:道元が宋から帰り曹洞禅を伝える |
| 1227年8月 | 本人:死去 |
- 本人の出来事
- 日本の出来事
- 本人の生涯・活動期間
年表でわかること
この年表では、島津忠久の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、島津忠久がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。
日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。
明治5年(1872年)以前の月は、和暦(旧暦)の月です。
載っている家系図
21人
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