新納
にいろNiiro
全国2859位 ・ 約4,710人
新納(にいろ・になう・にいの・しいろ)は、日向国那珂郡(児湯郡)新納院より起こる。
2件の公開家系図に 3人
基本情報
- 読み
- にいろ
- ローマ字
- Niiro
- 全国順位
- 全国2859位
- 推計人数
- 約4,710人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
新納をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Niiro読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 日向国(宮崎県)
- 近江国(滋賀県)
- 遠江国(静岡県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
新納(にいろ・になう・にいの・しいろ)は、日向国(宮崎県)那珂郡(児湯郡)新納院より起こる。田帳に「新納院百二十丁、島津御庄寄郡、地頭播部頭殿」と見える。 【1】田部姓 ― 前述の新納の地より起こる。「土持」の項を見よ。 【2】島津氏族 ― 前述した日向の新納院より起こる。建武二年十二月、幕府から島津忠宗の四男・下野四郎時久がこの地の地頭に補せられた。その後、島津系図に「島津下野守忠宗―時久(新納四郎左衛門尉)―久有(近江守)」と載せ、一にニヒノとも訓む。島津七家の一つである。……(中略)また中興系図に「新納。藤原、島津下野守右家の男・近江守時久がこれを称す」とある。 「地理纂考」諸県郡志布志郷志布志村松尾城の項に、次のようにある。桧井遠江頼仲が志布志を奪い当城による。足利直冬が筑紫に至ると畠山直顕が直冬に応じ、観応元年、新納時久の所領である日向新納院高城を陥れた。延文二年、直顕はまた当城を攻め、同年二月、城はついに陥り、桧井遠江頼仲は実地庵にて自殺した。 初め新納院が陥ったとき、時久は足利尊氏に属して京にあったが、任を終えて国に帰るにあたり救仁院を与えられ、当城に移った。これより以前、直顕は大隅加治木に屯していたが、島津氏久がこれを破った。直顕は志布志に走り、内城を抜いてこれに拠り、また当城を攻めた。時に康安元年である。 このとき、時久はすでに死し、その子・新納越後実久が城主であった。……(中略)都城領主・北○忠相(この一字は原文が崩れている)、櫛間の領主・島津思朝がこれを憎み、兵を合わせて天文七年に忠勝と戦い、配下の数城を陥れた。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
新納ニヒロニナフニヒノシヒロ日向國那珂郡(兒湯郡)新納院より起る。田帳に「新納院百二十丁、島津御庄寄郡、地頭播部頭殿」と見ゆ。 1田部姓前述新納の地より起る、ツチモチ條を見よ。 2鳥津氏族前述せる日向の新納院より起る。建武二年十二月、幕府より島津忠宗の四男下野四郞時久を此の地の地頭に補せらる。その後にして、島津系圖に「島津下野守忠宗-時久(新納四郞左衞門尉)-久有(近江守)」と載せ、一にニヒノとも訓ず。島津七家の一也。……又中興系圖に「新納。藤原、島津下野守右家の男近江守時久·之を稱す」とあり。而して地理纂考、諸縣郡志布志郷志布志村松尾城條に「檜井遠江賴仲·志布志を奪ひ、當城に據る。足利直冬·筑紫に至るに及んで、畠山直顯·直冬に應じ、觀應元年、新納時久が所領、日向新納院高城を陷る。延文二年、直顯又當城を攻む。同年二月、城遂に陷り、檢井遠江賴仲·實地庵にて自殺す。初め新納院の陷るや、時久·足利尊氏に屬して京にあり、任終リて、國に歸るに及び、救仁院を與へ、時久·當城に移る。是より以前、直顯·大隅加治木に屯す、島津氏久·是を破る。直顯·志布志に走り內城を拔いて、是に據り、又當城を攻む。時に康安元年なり。此の時、時久·既に死して、其の子新納越後實久·城主たり。……時に都城領主北〓忠相、櫛間の領主島津思朝·是を惡り、兵を合せて、天文七年忠勝と戰ひ、統下の數城を陷る。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
この名字の人々
同じ漢字を使う名字
新納に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「新」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が新納の前後にある名字です。
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