この名字はまだ図鑑に載っていません
全国24706位約159人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
入来院(いりきいん)は薩摩国(鹿児島県)薩摩郡入来院から起った。この地は建久の図田帳に「入来院九十三町二段内、没官御頷、地頭千葉介。社領十五町(弥勒寺)下司在慶種明。公領七十玉町内、弁済使分五十五町本地頭在庁種明。郡名分二十町、本郡司在庁道友」と見える。藤原姓で上古の藤原頼孝が本院の地頭であった。鎌倉の初め、入来院又郎頼宗があり、当院裏之名村○色城(○敷城)に居城する。頼孝の後裔か。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
入來院イリキヰン薩摩國薩摩郡入來院より起る。此の地は建久の圖田帳に「入來院九十三町二段内、沒官御頷、地頭千葉介。社領十五町(彌勒寺)下司在慶種明。公領七十玉町内、辨濟使分五十五町本地頭在廳種明。郡名分二十町、本郡司在廳道友」、と見ゆ。1藤原姓上古藤原賴孝本院に地頭た〃。鎌倉の初め、入來院又郞頼宗あリ、當院裏之名村〓色城(〓敷城)に居城す、賴孝の後裔か。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
「入来院」の家系図は、まだ1つも公開されていません。あなたが最初のひとりになれます。ログインなしで、そのまま作り始められます。
存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →