橘
たちばなTachibana
全国545位 ・ 約3.6万人
橘(たちばな)は、一つには「立花」「立華」「橘樹」「橘花」「龍華」などの文字を用いる。
33件の公開家系図に 39人
基本情報
- 読み
- たちばな
- ローマ字
- Tachibana
- 全国順位
- 全国545位
- 推計人数
- 約3.6万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.030%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
橘をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Tachibana読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「橘」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
橘
橘の実に葉を添えた図案。
『姓氏家系大辞典』第4巻 54コマに「紋にに、河崎の橘神社は、橋氏の由緒神」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
橘(たちばな)は、一つには「立花」「立華」「橘樹」「橘花」「龍華」などの文字を用いる。また承和年間、国母・檀林皇后の本姓を避けて、橘朝臣以外の橘氏にその氏名を「椿」に改めさせた。よって「ツバキ」の項もあわせて参照。また地名は二字とするようにとの勅によって「立花」「橘樹」などの字を用いる。ゆえに氏としてはそれぞれ別の項に述べるが、地名は便宜上ここにあわせて述べる。各項を参照。 【1】無姓の橘氏 ― 橘部の子孫か。承和七年に椿氏に改めた。「橘戸」の項を参照。 【2】橘連 ― 橘部の伴造家だろう。承和七年に椿連と改めた。 【3】(伴)橘連 ― 大伴氏の一族で、橘部の伴造であった氏だろう。承和七年に伴椿連と改めた。 【4】(県犬養)橘宿禰 ― 神魂尊の子孫、県犬養氏の一族である。「アガタ」の項および次項を参照。 【5】橘宿禰 ― 前項の氏と同じ。県犬養宿禰三千代に賜わった姓で、「橘は果物の王である。その枝は霜雪を恐れずに繁茂し、葉は寒暑をしのいで凋まない。しかも光は珠玉と争い、色は金銀と交わってますます美しい。ゆえに橘を氏とせよ」とある。 時は和銅元年十一月二十五日。元明天皇が去る二十一日に大嘗会を行われ、めでたく終わったことにより酒を臣下に賜い、持統天皇以来、内命婦として朝廷に仕えた三千代の功労を追憶されて、橘を杯に浮かべ、この勅に添えて彼女に賜わったのである。 遠い昔、忠臣・田道間守が千辛万苦の後に常世国から持ち帰った橘は、その香とともに芳しい伝説があることから、三千代にふさわしいと思し召されたのだろう。これより彼女は県犬養橘三千代と呼ばれる。
原文(文語体)を見る
橘タチバナ一に立花、立華、橋樹、橘花、龍華等の文字を用ふ。また承和年間、國母壇林皇后の本姓を避けて、橘朝臣以外の橋氏をして、その氏名を棒に改めしむ、よりてツバキ條をも併せ見よ。又地名は二字とするの勅によりて、立花、橘樹等の字を用ふ。故に氏としては各別條に述ぶるも、地名は便宜上、此處に併せ云ふべし。各項を見よ。 1無尸の橘氏橋部の裔か。承和七年に椿氏に改む。橋戶條參照。 2橘連橋部の伴遺家なるべし。承和七年に椿連と改む。 3(伴)橋連大伴氏の族にて、橘部の伴遺たりし氏なるべし。承和七年に伴椿連と改む。 4(軽犬養)橘宿顧神魂尊の裔、縣犬養氏の族なり。アガタ條、及び次項を見よ。 5橘宿禰前項氏に同じ。縣犬養宿禰三千代に賜へる姓にして、「橘は菓物の王なり。その枝は霜雪を恐れずして繁茂し、葉は寒暑を凌ぎて凋まず。しかも光は球玉と爭ひ、色は金銀と交りて益々美し。故に橋を氏とせよ」と。時は和銅元年十一月二十五日、元明天皇にけち去る廿一日大甞會を行はせられ、目出度終りしにより酒を臣下に賜ひ、持統天皇以來、內命婦として朝廷に仕へし三千代の功勞を追憶され、橘を杯に浮べ此の勅に添へて、彼に賜ひしなり。遠き昔、忠臣田道間守が千辛萬苦の後、常世國より腐らせし橘は、其の香と共に、芳しき傳說あるより、三千代にふさはしと思し召されしならん。これより彼は縣犬養橘三千代と呼ばる。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
この名字の人々
同じ読みの名字
橘と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
橘に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「橘」で始まる・橘を含む名字
橘の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が橘の前後にある名字です。
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