橘諸兄

たちばなの もろえ

684年〜757年

古代生まれ

公卿(左大臣)

橘 諸兄(たちばな の もろえ)は、奈良時代の皇族・公卿。

基本情報

生年
684年
没年
757年
時代
古代
名字
肩書
公卿(左大臣)
出典
藤原不比等の家系図

この人について

橘 諸兄(たちばな の もろえ)は、奈良時代の皇族・公卿。初名は葛城王(葛木王)で、臣籍降下して橘宿禰のち橘朝臣姓となる。敏達天皇の後裔で、大宰帥・美努王の子。母の橘三千代は光明子(光明皇后)の異父妹にあたる。官位は正一位・左大臣。井手左大臣または西院大臣と号する。初代橘氏長者。

この略歴はウィキペディア日本語版「橘諸兄」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

橘諸兄を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

藤原光明子光明皇后藤原多比能橘諸兄県犬養三千代藤原不比等
藤原光明子
三女
聖武天皇皇后光明皇后
701年760年
光明皇后
三女
聖武天皇の皇后
701年760年
藤原多比能
四女
橘諸兄室
橘諸兄
公卿左大臣
684年757年
県犬養三千代
藤原不比等の後妻
藤原不比等
次男
公卿・政治家右大臣
659年720年9月9日
100%

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家族

年表:橘諸兄と、その時代

年表の見方

  • 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
  • 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
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  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
古代
690
700
710
720
730
740
750

本人

  1. 684年誕生
  2. 757年死去

日本の出来事

  1. 694年藤原京に都が移る
  2. 701年大宝律令が定められる
  3. 708年和同開珎がつくられる
  4. 710年平城京に都が移る
  5. 712年古事記がまとめられる
  6. 720年日本書紀がまとめられる
  7. 723年三世一身法が出される
  8. 741年国分寺を建てる詔が出される
  9. 743年墾田永年私財法が出される
  10. 752年東大寺の大仏が開眼する
  11. 754年鑑真が唐から渡ってくる
年表を一覧で読む
橘諸兄と日本の出来事(年の順)
684年本人:誕生
694年日本の出来事:藤原京に都が移る
701年日本の出来事:大宝律令が定められる
708年日本の出来事:和同開珎がつくられる
710年日本の出来事:平城京に都が移る
712年日本の出来事:古事記がまとめられる
720年日本の出来事:日本書紀がまとめられる
723年日本の出来事:三世一身法が出される
741年日本の出来事:国分寺を建てる詔が出される
743年日本の出来事:墾田永年私財法が出される
752年日本の出来事:東大寺の大仏が開眼する
754年日本の出来事:鑑真が唐から渡ってくる
757年本人:死去
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、橘諸兄の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、橘諸兄がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。

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