光明皇后

こうみょうこうごう

701年〜760年

古代生まれ

聖武天皇の皇后

光明皇后(こうみょうこうごう、701年〈大宝元年〉- 760年7月23日〈天平宝字4年6月7日〉)は、聖武天皇の皇后で第46代孝謙天皇(第48代称徳天皇)の生母。

基本情報

生年
701年
没年
760年
時代
古代
肩書
聖武天皇の皇后
出典
聖武天皇の家系図

この人について

光明皇后(こうみょうこうごう、701年〈大宝元年〉- 760年7月23日〈天平宝字4年6月7日〉)は、聖武天皇の皇后で第46代孝謙天皇(第48代称徳天皇)の生母。藤原不比等と県犬養橘三千代の子で、聖武天皇の母藤原宮子は異母姉であるため、聖武天皇は甥にあたる。一般に知られる光明皇后という名前は、在世中に名乗った光明子(こうみょうし)に因んで後世に付けられたもので、『拾遺和歌集』が初出である。本来の尊号は天平応真仁正皇太后(てんぴょうおうしんにんしょうこうたいごう)。諱は安宿媛(あすかべひめ)。そのほかに藤三娘(とうさんじょう)などの署名が現存するほか、法名は沙弥万福と伝わる。本記事での呼称は光明子で統一する。

光明子は不比等が権力基盤を固めつつあった時期に生まれ、藤原氏を中心とした権力闘争や皇位継承など、周囲に政争が絶えない生涯を過ごした。

この略歴はウィキペディア日本語版「光明皇后」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

光明皇后を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

孝謙天皇基王光明皇后聖武天皇藤原宮子県犬養三千代藤原不比等
孝謙天皇
第二皇女
第46代・第48代天皇
718年770年8月28日
基王
第一皇子
皇太子
727年11月16日728年10月20日
光明皇后
三女
聖武天皇の皇后
701年760年
聖武天皇
第一皇子
第45代天皇
701年756年
藤原宮子
文武天皇の夫人
県犬養三千代
朝臣
藤原不比等
朝臣
100%

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家族

年表:光明皇后と、その時代

この人の出来事と、同じころに世の中で起きたことを並べています。

この人世の中
  1. 古代

    誕生大宝律令が定められる
  2. 和同開珎がつくられる
  3. 平城京に都が移る
  4. 古事記がまとめられる
  5. 子 孝謙天皇 誕生
  6. 日本書紀がまとめられる
  7. 三世一身法が出される
  8. 子 基王 誕生
  9. 国分寺を建てる詔が出される
  10. 墾田永年私財法が出される
  11. 東大寺の大仏が開眼する
  12. 鑑真が唐から渡ってくる
  13. 万葉集に残る最も新しい歌が詠まれる

年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。

載っている家系図

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