孝謙天皇
こうけんてんのう
718年〜770年
第46代・第48代天皇
孝謙天皇(こうけんてんのう、旧字体: 孝謙󠄁天皇)、重祚して称徳天皇(しょうとくてんのう、旧字体: 稱󠄁德天皇、718年〈養老2年〉- 770年8月28日〈神護景雲4年8月4日〉)は、日本の第46代天皇(在位:749年8月19日〈天平勝…
基本情報
- 生年
- 718年
- 没年
- 770年
- 時代
- 古代
- 肩書
- 第46代・第48代天皇
- 出典
- 聖武天皇の家系図
この人について
孝謙天皇(こうけんてんのう、旧字体: 孝謙󠄁天皇)、重祚して称徳天皇(しょうとくてんのう、旧字体: 稱󠄁德天皇、718年〈養老2年〉- 770年8月28日〈神護景雲4年8月4日〉)は、日本の第46代天皇(在位:749年8月19日〈天平勝宝元年7月2日〉- 758年9月7日〈天平宝字2年8月1日〉)および第48代天皇(在位:764年11月6日〈天平宝字8年10月9日〉- 770年8月28日〈神護景雲4年8月4日〉)。
父は聖武天皇、母は藤原不比等と橘三千代の娘であり、史上初めて人臣から皇后となった光明皇后(光明子)。即位前の名は「阿倍内親王」。譲位後に「宝字称徳孝謙皇帝」の尊号が贈られている。『続日本紀』では重祚後は「高野天皇」とも呼ばれており、ほかに「高野姫天皇」「倭根子天皇(やまとねこのすめらみこと)」とも称された。諱は阿倍(あべ)で、これは阿倍氏に養育されたためであった。
この略歴はウィキペディア日本語版「孝謙天皇」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
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家族
年表:孝謙天皇と、その時代
この人の出来事と、同じころに世の中で起きたことを並べています。
| 古代 | |
|---|---|
| この人 |
|
| 世の中 |
|
古代
誕生- 日本書紀がまとめられる
- 三世一身法が出される
- 国分寺を建てる詔が出される
- 墾田永年私財法が出される
- 東大寺の大仏が開眼する
- 鑑真が唐から渡ってくる
- 万葉集に残る最も新しい歌が詠まれる
- 恵美押勝の乱が起こる
- 没
年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。
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19人
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