基本情報
- 生年
- 750年
- 没年
- 830年
- 時代
- 古代
- 名字
- 橘
- 肩書
- 奈良麻呂の子
- 出典
- 橘逸勢の家系図、橘奈良麻呂の家系図
この人について
橘清野は、750年〜830年の記録がある方です。生まれは古代にあたります。肩書は「奈良麻呂の子」と記されています。橘奈良麻呂の子です。この図鑑では、兄弟姉妹の橘安麻呂・橘島田麻呂・橘清友ほか1人がつながっています。公開されている2件の家系図に載っています。
この略歴は、公開されている家系図に書かれている内容(生没年・肩書・本籍・続柄・家族)から組み立てたものです。書かれていないことは載せていません。本籍・出身地は、作成者が公開を選んだ家系図でのみ表示されます。
家系図(近い家族)
橘清野を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
橘安麻呂
長男
奈良麻呂の子
739年〜821年
橘島田麻呂
奈良麻呂の子
750年〜
橘清野
奈良麻呂の子
750年〜830年
橘清友
奈良麻呂の子
758年〜789年
橘入居
右中弁、従四位下
〜800年
藤原宇合の娘
奈良麻呂の妻
大原明娘
奈良麻呂の妻
橘奈良麻呂
参議
721年〜757年
大伴古慈斐の娘
奈良麻呂の妻
100%
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家族
名字の家紋
『姓氏家系大辞典』の「橘」の項より。この人物が用いた紋という記録ではありません。
年表:橘清野と、その時代
年表の見方
- 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
- 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
- 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
- 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
- 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。
この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。
表示範囲
本人(橘清野)
日本の出来事
古代
平安時代
750
760
770
780
790
800
810
820
830
本人
- 750年誕生
- 830年死去
日本の出来事
- 752年東大寺の大仏が開眼する
- 754年鑑真が唐から渡ってくる
- 759年万葉集に残る最も新しい歌が詠まれる
- 764年恵美押勝の乱が起こる
- 784年長岡京に都が移る
- 794年平安京に都が移る
- 797年坂上田村麻呂が征夷大将軍になる
- 802年胆沢城が築かれアテルイが降る
- 805年最澄が天台宗を開く
- 806年空海が唐から帰り真言宗を開く
- 810年薬子の変が起こる
年表を一覧で読む
| 750年 | 本人:誕生 |
|---|---|
| 752年 | 日本の出来事:東大寺の大仏が開眼する |
| 754年 | 日本の出来事:鑑真が唐から渡ってくる |
| 759年 | 日本の出来事:万葉集に残る最も新しい歌が詠まれる |
| 764年 | 日本の出来事:恵美押勝の乱が起こる |
| 784年 | 日本の出来事:長岡京に都が移る |
| 794年 | 日本の出来事:平安京に都が移る |
| 797年 | 日本の出来事:坂上田村麻呂が征夷大将軍になる |
| 802年 | 日本の出来事:胆沢城が築かれアテルイが降る |
| 805年 | 日本の出来事:最澄が天台宗を開く |
| 806年 | 日本の出来事:空海が唐から帰り真言宗を開く |
| 810年 | 日本の出来事:薬子の変が起こる |
| 830年 | 本人:死去 |
- 本人の出来事
- 日本の出来事
- 本人の生涯・活動期間
年表でわかること
この年表では、橘清野の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、橘清野がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。
日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。
載っている家系図
この人物ページは、みなさんが公開を選んだ家系図の記録だけでできています。ご存命の方の情報は自動的に伏せていますが、掲載の取消や名前を伏せるご希望は、いつでも承ります。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →
