基本情報
- 没年
- 737年
- 名字
- 橘
- 肩書
- 奈良時代の皇族・貴族
- 出典
- 橘諸兄の家系図
この人について
橘 佐為(たちばな の さい)は、奈良時代前期から中期にかけての賜姓皇族・貴族。初名は佐為王。従四位下・美努王(三野王)の子。官位は正四位下・中宮大夫。
天平年間初頭に風流侍従の一人とされた狭井王と同一人物と想定される。佐為流の始祖。
この略歴はウィキペディア日本語版「橘佐為」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
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藤原光明子
三女
聖武天皇皇后
701年〜760年
光明皇后
三女
聖武天皇の皇后
701年〜760年
藤原多比能
四女
橘諸兄室
橘諸兄
奈良時代の公卿・左大臣
684年〜757年
橘佐為
奈良時代の皇族・貴族
〜737年
牟漏女王
奈良時代の皇族女性
〜746年2月21日
美努王
飛鳥時代の皇族・官人
〜708年
県犬養三千代
奈良時代前期の女官
665年〜733年2月4日
藤原不比等
次男
奈良時代初期の公卿・政治家
659年〜720年9月9日
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家族
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