橘永継

たちばな ながつぐ

769年〜821年

古代生まれ橘

橘 永継(たちばな の ながつぐ)は、平安時代初期の貴族。

基本情報

生年
769年
没年
821年
時代
古代
名字
橘
出典
橘逸勢の家系図

この人について

橘 永継(たちばな の ながつぐ)は、平安時代初期の貴族。名は永嗣とも記される。右中弁・橘入居の長男。官位は従四位下・修理大夫。

この略歴はウィキペディア日本語版「橘永継」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

橘永継を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

橘永継橘永名橘逸勢橘御井子橘田村子橘入居
橘永継
長男
769年〜821年
橘永名
四男
780年〜866年
橘逸勢
平安時代の貴族・書家(三筆)
782年〜842年9月24日
橘御井子
桓武天皇女御
橘田村子
桓武天皇後宮
橘入居
右中弁、従四位下
〜800年
100%

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家族

名字の家紋

『姓氏家系大辞典』の「橘」の項より。この人物が用いた紋という記録ではありません。

年表:橘永継と、その時代

年表の見方

  • 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
  • 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
  • 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
  • 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
古代
平安時代
770
775
780
785
790
795
800
805
810
815
820

本人

  1. 769年誕生
  2. 821年死去

日本の出来事

  1. 784年長岡京に都が移る
  2. 794年平安京に都が移る
  3. 797年坂上田村麻呂が征夷大将軍になる
  4. 802年胆沢城が築かれアテルイが降る
  5. 805年最澄が天台宗を開く
  6. 806年空海が唐から帰り真言宗を開く
  7. 810年薬子の変が起こる
年表を一覧で読む
橘永継と日本の出来事(年の順)
769年本人:誕生
784年日本の出来事:長岡京に都が移る
794年日本の出来事:平安京に都が移る
797年日本の出来事:坂上田村麻呂が征夷大将軍になる
802年日本の出来事:胆沢城が築かれアテルイが降る
805年日本の出来事:最澄が天台宗を開く
806年日本の出来事:空海が唐から帰り真言宗を開く
810年日本の出来事:薬子の変が起こる
821年本人:死去
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、橘永継の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、橘永継がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。

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