橘逸勢

たちばな はやなり

782年〜842年

古代生まれ橘

平安時代の貴族・書家(三筆)

橘逸勢は、782年〜842年の記録がある方です。

基本情報

生年
782年
没年
842年9月24日 同じ日の人物 →
時代
古代
名字
橘
肩書
平安時代の貴族・書家(三筆)
出典
橘逸勢の家系図

この人について

橘逸勢は、782年〜842年の記録がある方です。生まれは古代にあたります。肩書は「平安時代の貴族・書家(三筆)」と記されています。橘入居の子です。この図鑑では、子の橘実山・橘達保・橘妙仲ほか1人、兄弟姉妹の橘永継・橘永名・橘御井子ほか1人がつながっています。公開されている1件の家系図に載っています。

この略歴は、公開されている家系図に書かれている内容(生没年・肩書・本籍・続柄・家族)から組み立てたものです。書かれていないことは載せていません。本籍・出身地は、作成者が公開を選んだ家系図でのみ表示されます。

家系図(近い家族)

橘逸勢を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

橘永継橘永名橘達保橘龍剣橘実山橘妙仲橘逸勢橘御井子橘田村子橘入居
橘永継
長男
769年〜821年
橘永名
四男
780年〜866年
橘達保
橘龍剣
橘実山
橘妙仲
尼(法名:妙冲)
橘逸勢
平安時代の貴族・書家(三筆)
782年〜842年9月24日
橘御井子
桓武天皇女御
橘田村子
桓武天皇後宮
橘入居
右中弁、従四位下
〜800年
100%

ドラッグで移動、ホイール・ピンチやボタンで拡大縮小できます。人物をタップすると詳細が開きます。

家族

名字の家紋

『姓氏家系大辞典』の「橘」の項より。この人物が用いた紋という記録ではありません。

年表:橘逸勢と、その時代

年表の見方

  • 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
  • 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
  • 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
  • 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
古代
平安時代
785
790
795
800
805
810
815
820
825
830
835
840

本人

  1. 782年誕生
  2. 842年9月死去

日本の出来事

  1. 784年長岡京に都が移る
  2. 794年平安京に都が移る
  3. 797年坂上田村麻呂が征夷大将軍になる
  4. 802年胆沢城が築かれアテルイが降る
  5. 805年最澄が天台宗を開く
  6. 806年空海が唐から帰り真言宗を開く
  7. 810年薬子の変が起こる
  8. 842年承和の変が起こる
年表を一覧で読む
橘逸勢と日本の出来事(年の順)
782年本人:誕生
784年日本の出来事:長岡京に都が移る
794年日本の出来事:平安京に都が移る
797年日本の出来事:坂上田村麻呂が征夷大将軍になる
802年日本の出来事:胆沢城が築かれアテルイが降る
805年日本の出来事:最澄が天台宗を開く
806年日本の出来事:空海が唐から帰り真言宗を開く
810年日本の出来事:薬子の変が起こる
842年日本の出来事:承和の変が起こる
842年9月本人:死去
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、橘逸勢の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、橘逸勢がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。

明治5年(1872年)以前の月は、和暦(旧暦)の月です。

載っている家系図

この人物ページは、みなさんが公開を選んだ家系図の記録だけでできています。ご存命の方の情報は自動的に伏せていますが、掲載の取消や名前を伏せるご希望は、いつでも承ります。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →