橘嘉智子
たちばな かちこ
786年〜850年
古代生まれ橘
嵯峨天皇皇后
橘 嘉智子(たちばな の かちこ、786年〈延暦5年〉- 850年6月17日〈嘉祥3年5月4日〉)は、日本の第52代天皇・嵯峨天皇の皇后。
基本情報
- 生年
- 786年
- 没年
- 850年
- 時代
- 古代
- 名字
- 橘
- 肩書
- 嵯峨天皇皇后
- 出典
- 桓武天皇の家系図
この人について
橘 嘉智子(たちばな の かちこ、786年〈延暦5年〉- 850年6月17日〈嘉祥3年5月4日〉)は、日本の第52代天皇・嵯峨天皇の皇后。
橘奈良麻呂の孫、贈太政大臣・橘清友の娘。母は田口氏の女。兄弟に右大臣・橘氏公がいる。檀林寺を創建し、檀林皇后(だんりんこうごう)と称された。
この略歴はウィキペディア日本語版「橘嘉智子」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
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仁明天皇
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810年〜850年
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淳和天皇皇后
810年〜879年
淳和天皇
第五皇子
第53代天皇
786年〜840年6月11日
橘嘉智子
嵯峨天皇皇后
786年〜850年
嵯峨天皇
第四皇子
第52代天皇
786年10月3日〜842年8月24日
100%
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家族
年表:橘嘉智子と、その時代
この人の出来事と、同じころに世の中で起きたことを並べています。
| 古代 | 平安時代 | |
|---|---|---|
| この人 |
|
|
| 世の中 |
|
年この人世の中
古代
誕生平安時代
平安京に都が移る- 坂上田村麻呂が征夷大将軍になる
- 胆沢城が築かれアテルイが降る
- 最澄が天台宗を開く
- 空海が唐から帰り真言宗を開く
- 子 仁明天皇 誕生/子 正子内親王 誕生薬子の変が起こる
- 承和の変が起こる
- 没
年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。
載っている家系図
18人
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