丸に三文字

山崎

やまざきYamazaki

ほかの読み: やまさき

全国21位 ・ 約48万人

山崎(やまざき)は、『和名抄』が山城国乙訓郡に山埼○を載せて「也末佐岐」と注記する。

3件の公開家系図に 5人

基本情報

読み
やまざき ・ やまさき
ローマ字
Yamazaki
全国順位
全国21位
推計人数
約48万人
全国比率
日本人のおよそ0.39%
県内ベスト5
高知県(2位)
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

多い都道府県

「山崎」が県内ベスト5に入っている都道府県です。色の濃さは県内の占率を表します(ベスト5に入らない県は、数字が公表されていないため無色です)。

北海道青森岩手宮城秋田山形福島茨城栃木群馬埼玉千葉東京神奈川新潟富山石川福井山梨長野岐阜静岡愛知三重滋賀京都大阪兵庫奈良和歌山鳥取島根岡山広島山口徳島香川愛媛高知福岡佐賀長崎熊本大分宮崎鹿児島沖縄
  • 〜1%
  • 1〜1.5%
  • 1.5〜2%
  • 2〜3%
  • 3%〜
  • データなし
県ごとの数字を見る
都道府県県内順位占率
高知県2位1.66%
都道府県別データについて

都道府県別の順位・占率は、明治安田生命「全国同姓調査」(2018年8月8日発表、同社の契約者約655万人が母集団)で公表されたベスト5です。国勢調査ではないため、実際の県内人数の順位とは異なることがあります。 調査結果(PDF)を見る →

ローマ字で書くと

山崎をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

「やまざき」と読む場合

Yamazaki読みをそのまま写した形

「やまさき」と読む場合

Yamasaki読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「山崎」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第6巻 313コマに「家紋丸に三文字、橘文字」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 山城国(京都府)
  • 摂津国(大阪府・兵庫県)
  • 駿河国(静岡県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

山崎(やまざき)は、『和名抄』が山城国(京都府)乙訓郡に山埼○を載せて「也末佐岐」と注記する。中世には大山崎庄と称し、摂津国(大阪府・兵庫県)山崎邑と接していた。次に駿河国(静岡県)駿河郡に山埼○を載せて「也萬左木(支)」と読む。次に美濃国(岐阜県)石津郡に山埼郷、紀伊国(和歌山県)那賀郡に山埼○があり、のちに山崎庄という。そのほか摂津・尾張(愛知県)・甲斐(山梨県)・相模(神奈川県)・武蔵(東京都・埼玉県)・上総(千葉県)・下総(千葉県・茨城県)・常陸(茨城県)・近江(滋賀県)・岩代(福島県)・加賀(石川県)・能登(石川県)・越中(富山県)・因幡(鳥取県)・播磨(兵庫県)・阿波(徳島県)・伊予(愛媛県)・肥後(熊本県)・薩摩(鹿児島県)などにこの地名がある。大伴氏族については「山前」の項を参照。 【2】橘姓 ― 山城国乙訓郡の山埼○から起こった。家紋は丸に三文字・橘文字。山崎徳右衛門吉成の子・成員が江戸幕府の家臣となった。のちに平三郎春季があり、橘姓と称して俳諧と○で名高く、桜斎と号した。 【3】山城の山崎氏 ― 前項のほかに、山城の山崎から起こったという山崎氏が以下に多い。また下鴨社の社家にも山崎氏があり、一方は掃部姓、一方は靱負姓という。摂津有馬郡の名族にも見え、畑庄城(畑庄村)は山崎右京亮の居城だという。また大阪の名家に見え、○門の画家に山崎義淵があり、鶴嶺と号した。 【5】和泉(大阪府)の山崎氏 ― 「山」の前項を参照。……(この項は原文の行が崩れていて人名が読み取れない)大島郡三木開村の名族で、元禄年間に上神谷村の大字豊田から本村に移り住み、新地を開墾してはじめて集落をつくったという。 【6】伊勢(三重県)の山崎氏 ― 北畠国司の配下の将で、山崎式部大輔は度会郡の阿曾城に拠った。また山崎左馬助があり、安濃郡の長野城を攻めたとき、細野九郎左衛門と一志郡羽野で戦った。その遺跡がある。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

山崎ヤマザキ和名抄、山城國乙訓郡に山埼〓を收めて也末佐岐と註す、中世大山崎庄と稱し、攝津國山崎邑と接す。次に駿河國駿河郡に山埼椰を收めて也萬左木(支)と訓ず。次に美濃國石津郡に山埼郷、次に紀伊國那賀郡に山埼〓あり、後に山崎庄と云ふ。其の他、攝津、尾張、甲斐、相摸、武蔵、上總、下總、常陸、近江、岩代、加賀、能登、越中、因幡、播磨、阿波、伊豫、肥後、薩摩等に此の地名存す。大伴氏族山前條を見よ。 2橘姓山城國乙訓郡山埼〓より起る。家紋丸に三文字、橘文字。山崎德右衞門吉成の男成員·江戶幕臣となる。後、平三郞春季あり、橘姓と稱し、俳と擧とにて名高く、櫻齋と號す。 3山城前項氏の外、山城山崎より起リしと云ふ山崎氏、以下に多し。又下鴨社々家に山崎氏ありて、一は掃部姓と云ひ、一は靱負姓と云ふ。攝津有馬郡の牽族に見え、畑庄城(畑庄村)は山崎右京亮の居城なりと云一〇又大阪觀の名家に見え、應畢門畫家に山崎義淵あり、鶴嶺と號す。 5和泉山前條參照又大島郡三木開村- 氏氏信高五郞をオニ門泰高まえ邸の名族にあり、元祿年間、上神、谷村大字豐田より本村に移住して、新地を開墾し、初めて部落を爲すと云ふ。 6伊勢北畠國司配下の將にして、山崎式部大輔は度會郡阿曾堡に據る。又山崎左馬助あり、安濃郡長野城を攻むる時、細野九郎左衞門と一志郡羽野に戰ふ、遺蹟あり。

姓氏家系大辞典 第6巻 313コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

この名字の人々

同じ読みの名字

山崎と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

「やまさき」と読む名字

同じ漢字を使う名字

山崎に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

「山崎」で始まる・山崎を含む名字

山崎の字をそのまま含む、より長い名字です。

同じくらいの多さの名字

全国順位が山崎の前後にある名字です。

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