久保寺
くぼでらKubodera
全国3279位 ・ 約3,940人
久保寺(くぼでら)は、前の項の氏と通じて用いられる。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- くぼでら
- ローマ字
- Kubodera
- 全国順位
- 全国3279位
- 推計人数
- 約3,940人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
久保寺をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Kubodera読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「久保寺」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
丸に引両
横に引いた太い線を二本並べた図案。
『姓氏家系大辞典』第2巻 493コマに「家紋丸に三引」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 信濃国(長野県)
- 上野国(群馬県)
- 越前国(福井県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
久保寺(くぼでら)は、前の項の氏と通じて用いられる。幕臣の久保寺氏は信濃国(長野県)水内郡窪寺から起こる。家紋は丸に三引きだという。そうであれば前の項の第一項と同族であるが、これは三善氏の裔と称する。こちらのほうがよいか。……(中略) (このあと原文は次の見出し「久保中」を経て「窪庭」の記事に移る) 窪庭(くぼにわ)は、上野(群馬県)の豪族で、「上野国志」碓氷郡野尻の条に「安中越前守忠正の嫡子・左近思成という者が、野尻に代々居住した。窪庭図書を退けて、永禄二年己未四月、榎下の城からこの所に引き移った。野後を改めて安中と号した」と載せている。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
久保寺クボデラ前條氏と通じ用ひらる。幕臣久保寺氏は信濃國水內郡窪寺より起る。家紋丸に三引なりと。然らば前條第一項と同族なれど、これは三善氏の裔と稱す。この方よきか。……久保中クボナカ窪庭クボニバ上野の豪族にして、上野國志、碓氷郡野尻條に「安中越前守忠正、嫡左近思成と云ふ者、野尻に代々居住す。窪庭圖書を退けて、永祿二己未四月、榎下の城より此所に引移る。野後を改めて安中と號す」と載せたり。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
久保寺と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
久保寺に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「久」の字を含む名字
「保」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が久保寺の前後にある名字です。
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