寺井

てらいTerai

全国977位 ・ 約1.9万人

寺井(てらい)は、武蔵・常陸・上野・加賀・肥前などにこの地名が存する。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
てらい
ローマ字
Terai
全国順位
全国977位
推計人数
約1.9万人
全国比率
日本人のおよそ0.015%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

寺井をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Terai読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 武蔵国(東京都・埼玉県)
  • 加賀国(石川県)
  • 肥前国(佐賀県・長崎県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

寺井(てらい)は、武蔵(東京都・埼玉県)・常陸(茨城県)・上野(群馬県)・加賀(石川県)・肥前(佐賀県・長崎県)などにこの地名が存する。 【1】清和源氏新田氏族 ― 上野国新田郡寺井邑から起こる。「新田系図」に「新田義純 ― 時兼(岩松遠江太郎)― 兼氏(寺井次郎)」と載せ、また「新田庄内庶子分注文」に「寺井村、鳥山式部大夫知行」とある。鳥山の項を参照。 【2】鈴木氏族 ― 石見国(島根県)の豪族で、鈴木重行の後であると。寺井義国があり、その子が義種、その子が義信である。「石見志」に「郡賀郡三隅村大字岡崎の梅ヶ城主は寺井伊賀守源義信である」とあり、そうであれば源姓といったものか。 【3】肥前の寺井氏 ― 佐賀郡寺井邑から起こったものか。大村藩の寺井氏は早岐邑の人・寺井越前を祖とする。また日向(宮崎県)の産で宮崎から分かれるというものがある。 【4】雑載 ― 若狭武田家臣に寺井源左衛門がある。また徳川時代、多古松平藩の重臣、同藩の側用人に存し、また摂津天満天神社の社家に見える。また赤穂浅野家の藩医に寺井玄渓がある。(このあと原文の組版が入り乱れ、寺人・寺部・寺深井など隣の見出しの語が混じって読み取れない)……本多政利に仕えたという。また京都の書家に寺井子共(養拙)があり、養拙様を創めた。また紀伊(和歌山県)などに存する。……(中略) (このあと原文は別の見出し「寺内(てらうち)」の記事に移っている) 【1】秀郷流藤原姓佐野氏族 ― 下野国(栃木県)芳賀郡中村庄寺内邑から起こる。……(中略)会津天文十八年の内番帳に寺内氏が見え、また岩瀬郡に存する。 【3】雑載 ― 小金の本土寺過去帳に「寺内四郎左衛門、天正十七己丑正月」を載せ、また加賀藩給帳に「百石(抱柊)寺内兵作」が見え、また香宗我部家臣に寺内五郎左衛門がある。そのほか信濃(長野県)・伊勢(三重県)・志摩(三重県)などに存する。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

寺井テラヰ武藏、常陸、上野、加賀、肥前等に此の地名存す。 1〓和源氏新田氏族上野國新田郡寺井邑より起る。新田系圖に「新田義純-時兼(岩松遠江太郞)-兼氏(寺井次郞)」と載せ、また新田庄內庶子分注文に「寺井村、島山式部大夫知行」とあり。鳥山條參照。 2鈴木氏族石見國の豪族にして、鈴木重行の後なりと。寺井義國あり、その子義種、その子義信也。石見志に「郡賀郡、三隅村大字岡崎の梅ヶ城主は寺井伊賀守源義信なり」とあり、然らば源姓と云ひしものか。 3肥前の寺井氏佐賀郡寺井邑より起リしか。大村藩寺井氏は早岐邑の人寺井越前を祖とす。又日向の產宮崎より分ると云ふものあり。 4雜載若狭武田家臣に寺井源左衞門あリ。又德川時代、多古松平藩重臣、同藩側用人に存し、又攝津天滿天神社々家に見ゆ。又赤穂淺野家の藩醫に寺井玄溪あり、父上野、加賀、また寺人、寺部等の熱田大宮司族なり。寺深井川邊郡加世田郷野間權現テラテラテライ三八五九は本多政利に仕へしとぞ。又京都の書家に寺井子共(養拙)·養拙樣を創む。また紀伊等に存す。……1秀〓流藤原姓佐野氏族下野國芳賀郡中村庄寺内邑より起る。……會津天文十八年の内番帳に寺内氏·見え、又岩瀨郡に存す。 3雜載小金本土寺過去帳に「寺內四郞左衞門、天正十七己丑正月」を載せ、また加賀藩給帳に「百石(抱柊)寺內兵作」見え、又香宗我部家臣に寺内五郞左衞門あリ。その他、信濃、伊勢、志摩等に存す。

姓氏家系大辞典 第4巻 241コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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