寺尾
てらおTerao
全国761位 ・ 約2.6万人
寺尾(てらお)は、武蔵・信濃・上野などにこの地名がある。
1件の公開家系図に 1人
基本情報
- 読み
- てらお
- ローマ字
- Terao
- 全国順位
- 全国761位
- 推計人数
- 約2.6万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.021%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
寺尾をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Terao読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「寺尾」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
巴
弓を射るとき腕に着ける鞆(とも)を象り、三つを渦に組んだ図案。
『姓氏家系大辞典』第4巻 242コマに「家紋左三巴、結銀花又中興系圖に等尾、〓和、本國上野、新田庄寺尾郷」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
- 信濃国(長野県)
- 紀伊国(和歌山県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
寺尾(てらお)は、武蔵(東京都・埼玉県)・信濃(長野県)・上野(群馬県)などにこの地名がある。 【1】上野の寺尾氏 ― この国の豪族で、片岡郡(群馬郡)の寺尾邑から起こった。『東鑑(吾妻鏡)』巻十に寺尾太郎・寺尾三郎太郎、巻十一に寺尾大夫業遠を載せ、同じく五郎、そのほか同じく左衛門尉などがある。その後、楠木合戦注文に「大番衆・紀伊手、寺尾入道跡」とある。また『太平記』巻二十七に寺尾新蔵人がある。いずれもこの地の人だろう。これによって大族であったことを知るに足りる。……(中略)なお次項を参照。 【2】清和源氏新田氏族 ― 家譜に「上野新田庄の寺尾から起こり、脇屋義助の子孫」と称する。家紋は左三巴、結び銀花。また『中興系図』に「寺尾。清和源氏、本国は上野、新田庄寺尾郷」とある。……(中略) 【3】陸前(宮城県・岩手県)の寺尾氏 ― 大崎氏の家臣で、『古川状』の大将義直に随従した将に寺尾左近が見える。 【4】伊豆(静岡県)の寺尾氏 ― 『相州(神奈川県)兵乱記』に「伊豆の守護代・寺尾四郎左衛門尉を案内者として、云々。寺尾兄弟二人ともに深手を負った」とある。第一項の流れである。『北条九代記』にも見える。 【5】甲信の寺尾氏 ― 信州埴科郡の寺尾邑から起こった。『北国太平記』に「天正十年、寺尾伝左衛門、云々」とある。また『甲陽軍鑑』に「信州先方衆、寺尾二十騎、大室五十騎」と見える。また甲斐(山梨県)にもある。次項を参照。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
寺尾テラヲ武蔵、信濃、上野等に此の地名存す。 1上野の寺尾氏常國の憂族にして、片岡郡(群馬郡)寺尾邑より起る。東鑑卷十に寺尾太郞、寺尾三郞太郞、卷十一に寺尾大夫業遠を載せ、同亦五郞、その他、同左衞門尉等あり。その後、楠木合戰注文に「大番衆·紀伊手、寺尾入道跡」と。又太平記卷二十七に寺尾新藏入あり、何れも此の地の人ならん。以つて大族たりしを知るに足らん。……猶ほ次項參照。 2〓和源氏新田氏族家譜に「上野新田庄寺尾より起リ、脇屋義助の後」と稱す。家紋左三巴、結銀花又中興系圖に等尾、〓和、本國上野、新田庄寺尾郷」とあり。……3陸前の寺尾氏大崎氏家臣にして、古川狀、大將義直隨從の將に、寺尾左近·見ゆ。伊豆の寺尾氏相州兵亂記に「伊豆の守護代寺尾四郞左衞門尉を案内者と爲し云々。寺尾兄弟二人ともに深手を負ふ」と。第一項の流也。北條九代記にも見ゆ。 5甲信の寺尾氏信州埴科郡寺尾邑より起る。北國太平記に「天正十年、寺尾傳左衞門云々」と。又甲陽軍鑑に「信州先方案、寺尾二十騎、大室五十騎」と見ゆ。又甲斐に存す。次項參照。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
この名字の人々
てらお うたこ
載っている家系図: 東久邇宮稔彦王の家系図
同じ漢字を使う名字
寺尾に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「寺」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が寺尾の前後にある名字です。
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