赤木
あかぎAkagi
全国756位 ・ 約2.6万人
赤木(あかぎ)は、中国地方に多い氏である。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- あかぎ
- ローマ字
- Akagi
- 全国順位
- 全国756位
- 推計人数
- 約2.6万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.021%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
赤木をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Akagi読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 美作国(岡山県)
- 越中国(富山県)
- 丹波国(京都府・兵庫県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
赤木(あかぎ)は、中国地方に多い氏である。 【1】赤松流 ― 赤松満祐が将軍義教を弑したために諸将から攻められると、その一族で美作(岡山県)へ逃れて氏を変える者が少なくなかったが、赤木氏とした者が最も多かったと伝える。 【2】源姓 ― 越中守直家が初めて赤木と称し、丹波守家実まで出雲国(島根県)小山城に居たという。家実に至って伯耆(鳥取県)に移った。伯耆の赤木氏のことは「アカエイ」の項を参照。また家実の子・八郎家久は美作に移ったという。なお伯耆国日野郡の楽々福神社に往古奉仕した社人にこの氏がある。この地方に赤木氏は少なくない。美作の赤木氏は家則、その子・弥三郎などが武名があるという。 【3】但馬(兵庫県) ― 山名家臣に赤木丹波があり、城崎郡(旧気多郡)上郷の城主であった。 【4】そのほか『安西軍策』に赤木兵大夫、京極殿給帳に赤木五助、松江松平家臣に赤木氏がある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
赤木アカギ中國に多き氏なり。 1赤松流赤松滿祐將軍義〓を弑せし爲諸將に攻めらるゝや、その一族美作に達れて氏を變ずる者尠からざりしが、赤木氏とせし者最も多かりしと傳ふ。 2源姓·越中守直家始めて赤木と稱し、丹波守家實まで出雲國小山城に居ると云ふ。家實に至リ、伯耆に移る。伯耆の赤木氏の事はアカエイ氏條を見よ。又家實の子八郞家久は美作に移ると云ふ。猶ほ伯耆國日野郡樂々福神社往古奉仕の社人にこの氏あり。此地方赤木氏尠からず。美作の赤木氏は家則、其の子彌三郎等武名ありと。 3但馬國山名家臣に赤木丹波あり、城崎郡(舊氣多郡)上郷の城主なりき。 4其の他安西軍策に赤木兵大夫、京極殿給帳に赤木五助、松江松平家臣に赤木氏あり。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
赤木と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
赤木に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「赤」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が赤木の前後にある名字です。
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