窪寺
くぼでらKubodera
全国7522位 ・ 約1,170人
窪寺(くぼでら)は、甲信の豪族である。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- くぼでら
- ローマ字
- Kubodera
- 全国順位
- 全国7522位
- 推計人数
- 約1,170人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
窪寺をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Kubodera読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 信濃国(長野県)
- 甲斐国(山梨県)
- 山城国(京都府)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
窪寺(くぼでら)は、甲信の豪族である。次の久保寺と通じる。併せて見よ。 【1】○野(説野・遂野とも。原文の表記が一定せず、正確な字が確定できない)氏流 ― 信濃国(長野県)水内郡窪寺邑より起こる。「河村系図」に「秀基-秀氏(二郎太郎)-宗秀(小二郎。信州の住人・窪寺左衛門次郎の子となり、姓を○野に改めた)」と見える。秀基のことは河村の項を見よ。 【2】三善氏流 ― 次の項を見よ。 【3】甲斐(山梨県)の窪寺氏 ― 御岳衆の一つであり、窪寺藤三盛次、および同・山城盛澄などの後裔である。また壬午起請文に見える。おそらく前項の信濃窪寺氏と同族であろう。御岳衆には信濃の豪族の裔が多い。 【4】武蔵(東京都・埼玉県)の窪寺氏 ― 葛飾郡の猿ヶ俣村にあり、「小田原役帳」に「窪寺大蔵丞」という人が見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
窪寺クボデラ甲信の豪族也。次の久保寺と通ず。併せ見よ。 1遂野氏流信濃國水內郡窪寺邑より起る。河村系圖に「秀基-秀氏(二郞太郡)-宗秀(小二郞、信州住人窪寺左衞門次郞の子と爲り、姓を説野に改む)」と見ゆ。秀基の事は河村條を見よ。 2三善氏流次條を見よ。 3甲斐の窪寺氏御嶽衆の一にして、窪寺藤三盛次、及び同山城盛澄等の後也。又壬午起請文に見ゆ。蓋し前項信濃窪寺氏と同族ならん。御岳衆には信濃豪族の裔多し。 4武藏の窪寺氏葛飾郡の猿ヶ俣村にあリ、小田原役帳に「窪寺大藏丞」と云ふ人見ゆ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
窪寺と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
窪寺に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「窪」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が窪寺の前後にある名字です。
存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →
