黒山

くろやまKuroyama

全国5288位 ・ 約1,960人

黒山(くろやま)は、「和名抄」に、河内国丹比郡に黒山○を収めており、黒山村で、のちに丹南郡に属した。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
くろやま
ローマ字
Kuroyama
全国順位
全国5288位
推計人数
約1,960人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

黒山をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Kuroyama読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 紀伊国(和歌山県)
  • 対馬国(長崎県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

黒山(くろやま)は、「和名抄」に、河内国(大阪府)丹比郡に黒山○を収めており、黒山村で、のちに丹南郡に属した。ほかにもこの地名があるだろう。 【1】清和源氏武田氏流 ― 紀伊国(和歌山県)の名族で、「続風土記」の那賀郡新村旧家地士・黒山次左衛門の条に「その家伝によれば、武田氏滅亡の時、家臣・原小源太という者が、勝頼の子で三歳であった者を背負い、西国巡礼の姿となってこの国に来た。成長ののち、当村の住人・黒山次郎大夫という者の孫を娶って黒山と名乗り、農業を営んで富村に住んだ。これを当家の祖とする。子孫は代々当村に住んだ」とある。……対馬丞の子・大右衛門定重」云々と、「南隅系図集」にある……(引用はここで途切れている)。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

黑山クロヤマ和名抄、河內國丹比郡に黑山〓を收む、黒山村にして、後に丹南郡に屬す。他にも此の地名あるべし。〓和源氏武田氏流紀伊國の名族にして、續風土記、那賀郡新村舊家地士、黑山次左衞門條に「其の家傳へ云ふ、武田氏滅亡の時、家臣原小源太といふもの、勝頼の子三歲なるを負ひて、西國順禮の姿となり、當國に來り、成長の後、當村の住人黒山次郞大夫といふものゝ孫を娶りて、黑山と號し、農を業として、富村に住す。是を當家の祖とす。子孫代々當村に住す」と見ゆ。……對馬丞の子大右衞門定重」云々と。南隅系圖集。

姓氏家系大辞典 第2巻 544コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ漢字を使う名字

黒山に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が黒山の前後にある名字です。

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