原口
はらぐちHaraguchi
全国497位 ・ 約4.0万人
原口(はらぐち)は、鎮西(九州)に多い。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- はらぐち
- ローマ字
- Haraguchi
- 全国順位
- 全国497位
- 推計人数
- 約4.0万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.033%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
原口をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Haraguchi読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 豊後国(大分県)
- 筑後国(福岡県)
- 豊前国(福岡県・大分県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
原口(はらぐち)は、鎮西(九州)に多い。 【1】清原氏族 ― 豊後(大分県)の豪族である。筑後生葉郡の原口邑から起こったか。……(中略) 【2】豊前(福岡県・大分県)の原口氏 ― 宇佐郡の豪族で、天文のころ原口次郎がある。 【3】筑後(福岡県)の原口氏 ― 第一項を参照。高良山の天文の検地帳に「原口掃部助」が見える。 【4】藤原姓 ― 肥前(佐賀県・長崎県)の原口氏で、神埼郡の原口から起こったという。藤原姓で、この国の豪族である。『鎮西要略』暦応元年の条に「肥前国の住人・原口十郎三郎、山浦定恵坊、石動彦三郎らが領地を掠め取られ、宮方に属した」と載せ、また深堀文書、暦応二年のものに「原口六(十)郎三郎、同じく庶子らの跡、神埼庄伊倉次郎の跡」と見える。 また大村家臣に原口与惣右衛門があり、大村純伊が加々良島へ渡ったとき随従した(この一句は原文の字が崩れている)。また村屋・長石などの一族があり、また渡辺氏から分かれたものも見える。 (続いて別の見出しの記事)「原倉(はらくら)」「原後(はらご)― 『保元物語』巻三に『原後藤次は乙若殿の傅である』と見える。「原」「後藤」などの項を参照」。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
原口ハラグチ鎭四に多し。 1清原氏族豐後の豪族也。筑後生葉郡原口邑より起るか。……2豐前の原口氏字佐郡の豪族にして、天文の頃、原口次郞あり。 3筑後の原口氏第一項參照。高良山天文の撿地幔に「原口掃部助」見ゆ。 4藤原姓肥前の原口氏にして、神崎郡原口より起ると云ふ。藤原姓にして、當國の豪族なり。鎭四要略曆應元年條に「肥前國住人原口十郞三郞、山浦定惠坊、石動彥三郎等·封彊を掠められ、宮方に屬さと載せ、又深堀文書、曆應二年のものに「原口六(十)郞三郞、同庶子等跡、神崎庄伊倉次郎跡」と見ゆ。又大村家臣に原口與惣右衞門あり、大村純伊·加々良島遞確の際·隨從す。士系重勝にになる。又村屋、長石等の族あり、又渡邊氏より別るも見ゆ。原倉ハラクラ原後ハラゴ保元物語卷三に「原後藤次は、乙若殿の傳なり」と見ゆ。原後藤等の條參照。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
原口に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「原」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が原口の前後にある名字です。
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