小関
こせきKoseki
全国697位 ・ 約2.8万人
小関(おぜき)は、「小塞」「尾塞」「尾関」と四者が相通じて用いられる。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- こせき
- ローマ字
- Koseki
- 全国順位
- 全国697位
- 推計人数
- 約2.8万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.023%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
小関をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Koseki読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 尾張国(愛知県)
- 羽前国(山形県)
- 美作国(岡山県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
小関(おぜき)は、「小塞」「尾塞」「尾関」と四者が相通じて用いられる。あわせて参照。 【1】上代の小関氏 ― 正倉院の天平宝字八年文書に見える。前項の氏と同じだろう。 【2】清和源氏深栖氏流 ― 『尾張志』春日井郡に上野村の人・小関源五左衛門を載せる。上野城跡は二ヶ所あり、「一ヶ所は村の巳午の方にあって、小関源五左衛門が守った城である」と見える。なお次の項を参照。 【3】羽前(山形県)の小関氏 ― 村山郡の豪族で、天正年中に小関嘉左衛門があり、岸美作守に加勢した(『風土略記』)。同じ国の酒田三十六旧家に尾関氏がある。 (続いて別の見出し「尾塞(おせき)」の記事 ― 「小塞」「小関」と通じる) 【1】尾張氏族 ― 小塞連の子孫である。『朝野群載』十一などに見える。 【2】清和源氏深栖氏族 ― 小関邑から起こった。……(中略)子孫は中島郡・葉栗郡・春日井郡にあるという。『寛政系譜』は清和源氏支流にこの氏を収め、家紋を九曜とする。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
小關ヲセキ小塞、尾塞、尾關と四者相通じ用ひらる、併せ見るべし。 1正倉院天平實字八年文書に見ゆ。前條氏に同じかるべし。 2〓和源氏深栖氏流尾張志春日井郡に上野村の人小關源五左衞門を載す。上野城跡二あり、「一處は村の巳午の方にありて、小關源五左衞門が守りし城なり、」と見ゆ。なほ次の條を見よ。 3羽前の小關氏村山郡の豪族にして、天正中小関嘉左衞門あり、岸美作守に加勢す(風土略記)、同國酒田三十六舊家に尾關氏あり。尾塞ヲセキ小塞、小關と通ず。 1尾張氏族小塞連の後也。朝野群載十一等に見ゆ。 2清和源氏深栖氏族小關邑より起る。……子孫中島郡、葉栗郡、春日井郡にありと。寛政系譜·清和前條源氏支流に此氏を收め、家紋を九曜とす。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
小関と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
小関に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「小」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が小関の前後にある名字です。
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