諏訪
すわSuwa
全国700位 ・ 約2.8万人
諏訪(すわ)は、信濃国に諏訪郡があり、『和名抄』に「須波」と注記する。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- すわ
- ローマ字
- Suwa
- 全国順位
- 全国700位
- 推計人数
- 約2.8万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.023%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
諏訪をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Suwa読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「諏訪」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
鶴の丸
翼を輪に畳み、首を巻いて頭を返した鶴の図案。
『姓氏家系大辞典』第3巻 418コマに「家紋丸に三葉根あり穀、鶴の丸」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 信濃国(長野県)
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
- 越後国(新潟県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
諏訪(すわ)は、信濃国(長野県)に諏訪郡があり、『和名抄』に「須波」と注記する。これより前、養老五年六月紀に「信濃国を割いて初めて諏方国を置く」とあり、天平三年三月紀に至って廃した。この地はまた「洲羽」「須波」「須羽」「諏方」などと書く。中世、郡内に諏訪庄があった。また同じ国の小県郡に須波○があって『和名抄』に見える。後の諏訪部村に当たる。 そのほか武蔵(東京都・埼玉県)・常陸(茨城県)・越後(新潟県)・出雲(島根県)・阿波(徳島県)・筑後(福岡県)・肥前(佐賀県・長崎県)・豊後(大分県)など、この地名は頗る多い。これらはたいてい諏訪神社の勧請から起こったもので、諏訪社の分社は天下に頗る多く、八天神・熊野などの神と併せ称される。また式内に山城(京都府)の須波神社、越前(福井県)に須波阿須疑神社が見える。 【1】祭神 ― 建御名方神と申し奉る。大国主命の御子で、国譲りの際、出雲国からこの国へ移られたという。すなわち『古事記』に「科野国の洲羽の海に到り給う」と載せ、『天神本紀』にも同様に見える。 神代のことなので、その真相は詳らかでないが、考古学・土俗学の研究からいっても、古く出雲とこの国とは深い関係があったという。 建御名方神の系統に関しては、『古事記』には大国主命の子とあるだけで母を載せないが、『旧事本紀』の地神本紀には「大己貴神、次に高志沼河姫を娶って一男を生む。児は建御名方神(信濃国諏方郡の諏方神社に坐す)」と掲げ、また『出雲風土記』島根郡美保郷の条に「郡の東、正東二十七里一百六十四歩……(この先は引用が閉じないまま途切れている)
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
諏訪スハ信濃國に諏訪郡あり、和名抄に須波と註す。これより前、養老五年六月紀に「信濃國を割き、始めて政方國を置くと天平三年三月紀に至リ廢す。この地は、また洲羽、須波、須羽、諏方等と書す。中世郡内に諏訪庄あり。又同國小睡郡に須波〓ありて、和名抄に見ゆ、後の諏訪部村に當る。その他、武蔵、常陸、越後、出雲、阿波、筑後、肥前、豐後等、此の地名頗る多し、此等は大抵諏訪神社の勸請より起りしにて、諏訪社の分社は天下に頗る多く、八天神、熊野等の神と併稱せらる。又式内に山城須波神社、越前に須波阿須疑神社見ゆ。 1堅持甲建御名方神と申し奉る。大國主命の御子にして、讀國の際、出雲國より當國に移り給ふと云ふ。卽ち古事記に「科野國の洲羽海に到リ給ふ」と載せ、天神本紀にも同樣見ゆ。神代の事なれば、その眞相詳かならざるも、考古學、土俗學の研究より云ふも、古く出雲と此の國とは深き關係ありたりと云ふ。建御名方神の系統に關しては、古事記には、大國主命の子とあるのみにて、母を載せざれど、舊事本紀の地神本紀には「大巳貴神·次に高志沼河姫を娶りて一男を生む。兒建御名方神(信濃國諏方郡諏方神社に坐す)」と揭げ、又出雲風土記、島根郡美保〓條に「郡の東正東二十七里一百六十四歩。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
諏訪と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
諏訪に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「諏」の字を含む名字
「諏訪」で始まる・諏訪を含む名字
諏訪の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が諏訪の前後にある名字です。
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