沢瀉

小山田

おやまだOyamada

全国1078位 ・ 約1.7万人

小山田(おやまだ)は、武蔵に小山田庄があり、そのほか陸前・陸中・羽後・越後・筑前・豊前・薩摩などにこの地名がある。

1件の公開家系図に 1人

基本情報

読み
おやまだ
ローマ字
Oyamada
全国順位
全国1078位
推計人数
約1.7万人
全国比率
日本人のおよそ0.014%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

小山田をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Oyamada読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「小山田」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第2巻 109コマに「家紋卷内に向ひ澤潟」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 武蔵国(東京都・埼玉県)
  • 陸前国(宮城県・岩手県)
  • 陸中国(岩手県・秋田県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

小山田(おやまだ)は、武蔵(東京都・埼玉県)に小山田庄があり、そのほか陸前(宮城県・岩手県)・陸中(岩手県・秋田県)・羽後(秋田県)・越後(新潟県)・筑前(福岡県)・豊前(福岡県・大分県)・薩摩(鹿児島県)などにこの地名がある。 【1】桓武平氏秩父流 ― 武蔵国小山田庄から起こった。この地は「黄梅院」応安五年文書に「小山田庄黒河○」と見え、また「新編風土記」多摩郡巻に次のようにある。 「この名も古い呼び名である。『東鑑』などに小山田別当有重のことが載る。この地に住み、地名をもって称号とした。『小田原役帳』に小山田庄四ヶ村と記し、同書にこの辺りの村名十六ヶ所を記して、小山田弥三郎の所領であったことを載せている。だから古くから絶えることなくこの地を領していたのだろうか」と。 また同郡小山田保については「嘉慶二年、日、勧進沙門等尊敬白、小山田保真光寺、云々と『私案抄』に見える。今も真光寺村があり、昔は小山田保であったことが知られる」とある。 またこうも言う。「小野路村小野明神の古い鐘を、戦国の時代に相州(神奈川県)三浦郡へ持って行き、沼間村海宝寺に今も現存している。銘に『小山田保小野路村小野大明神鳴鐘』云々とある」。 また都筑郡小山田庄の条に「この庄名は、郡中では王禅寺でのみ呼ぶが、『小田原役帳』には小山田庄黒川と記しているので、なお他村にも及んだ名であろう。この二村はもとより郡の北に寄った村なので、多摩郡小山田村から起こった庄名が本郡にも及んだものか」とある。……(中略) 小山田別当有重のことは、「保元物語」「平家物語」「源平盛衰記」「東鑑」などに見え、また畠山一族とある。そのほか「東鑑」巻二、九、十二に「小山田三郎重成」、九、十五に「小山田四郎」、十一、十五に「小山田五郎」、「承久記」巻三に「をやまだの太郎」と見える。 【2】藤原北家上杉氏流 ― 「上杉系図」に……(引用はここで途切れている)

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

小山田ヲヤマダ武藏に小山田庄、其の他、陸前、陸中、羽後、越後、筑前、豐前、薩摩等に此の地名あり。 1桓武平氏秩父流武藏國小山田庄よリ起る。此の地は黄、梅院應安五年文書に小山田庄黑河〓と見え、又新編風土記多摩郡卷に「此の名も古き唱へなり。東鑑等に小山田別當有重がことを載す。當所に住し、地の名を以つて稱號とす。小田原役帳に小山田庄四ケ村と記し、同書に此の邊の村名十六所を記して、小山田彌三郞が所領たることを載たり。されば古よリ連綿と此の地を領せしにや、」と。又同郡小山田保については「嘉慶二年、日、勸進沙門等尊敬白、小山田保眞光寺云々と私案抄に見ゆ。今に眞光寺村あり、往古は小山田保なること知らる、」と。又云ふ「小野路村小野明神の古鐘を、戰國の時、相州三浦郡に持行て、沼間村海寶寺に、今現存せり。銘に小山田保小野路村小野大明神鳴鐘也と云々又都筑郡小山田庄條に「此の庄名、郡中にては王禪寺にのみ唱ふれど、小田原役帳には小山田庄黑川と記したれば、猶ほ他村にも及びし名なるべし。此の二村もとより郡の北によりたる村なれば、多摩郡小山田村より起りし庄名の本郡にも及びしものか」とあり。……小山田別當有重の事は、保元物語、平家物語、源平盛衰記、東鑑等に見え、又畠山一族とあり。其の他、東鑑卷二、九、十二に「小山田三郞重成」、九、十五に「小山田四郞」十一、十五に「小山田五郞」、承久記卷三に「をやまだの太郞」見ゆ。 2藤原北家上杉氏流上杉系圖に……

姓氏家系大辞典 第2巻 109コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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