坂
さかSaka
全国1081位 ・ 約1.7万人
坂(さか・ばん)は、武蔵・常陸・安芸などにこの地名がある。
1件の公開家系図に 1人
基本情報
- 読み
- さか
- ローマ字
- Saka
- 全国順位
- 全国1081位
- 推計人数
- 約1.7万人
- 全国比率
- 日本人のおよそ0.014%
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
坂をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Saka読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「坂」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
桔梗
桔梗の花を、五つの尖った花びらで表した図案。
『姓氏家系大辞典』第3巻 106コマに「家紋三桔梗」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
- 安芸国(広島県)
- 近江国(滋賀県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
坂(さか・ばん)は、武蔵(東京都・埼玉県)・常陸(茨城県)・安芸(広島県)などにこの地名がある。ほかにも多いだろう。この氏は、坂上氏の後裔であるものと、これらの地名を負ったものとがあるという。 【1】坂上姓 ― 坂上の略である。「文華秀麗集」に坂今権がある。 【2】荒木田姓 ― 伊勢神宮内宮の社家で、藤原姓だという。○○(この部分は原文が崩れていて読み取れない)。内宮権禰宜家の筋書に「坂は荒木田元興の裔」とあり、また地下権禰宜、内人物忌の家系に「坂は天見通命の後裔」と見える。なお山田三方に坂方があり、「やまだ」の項を見よ。 【3】桓武平氏関氏流 ― 伊勢(三重県)の豪族で、関氏の一族である。「加太系図」に「近江守定長の弟・定住(坂蔵人、坂家の祖、鹿伏兎○内梶ヶ坂に住む。織田信長の北畠討伐の際、兄とともに出陣して戦功があった)」とある。弟の証介も坂を氏とした。 また鹿伏兎氏の家臣に「坂隼人佐」があり、その子孫は今もあるという。「かぶと」の項を見よ。また神戸信孝の家臣に坂仙斎があり、「多気分限帳」に見える。加太村の人で、国司の侍医である。 また員弁郡の豪族にもこの氏がある。「三国地志」に「中上堡、按ずるに坂中務が居守」と載せ、また「名勝志」に「中上城は一名鼻戸城といい、中上村字西山にある。昔、坂兵右衛門(一に中務とも書く)がここにいた」(「薬名志」)と見える。……(中略)支庶三家、家紋は三つ桔梗。五百石。十仏は足利尊氏に重んじられ、子孫は幕府に仕え、代々民部卿であった。惟天は信長・秀吉に仕えた。 【5】丹波(京都府・兵庫県)の坂氏 ― 氷上郡の名族で、「丹波志」に「坂兵衛はこの者、黒井城に仕えて馬の口取りであった。赤井直政が香良村口地堂のあたりで、足立氏・芦田氏と合戦したとき、直政は足立四九郎に切り立てられて手負いとなり、既に危ういというとき、坂兵衛が直政を背に負って由良の宮地まで立ち退いた」とある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
坂サカバン武蔵、常陸、安藝等に此の地名存す。猶ほ多かるべし。此の氏は、坂上氏の後なると、此等の地名を負ひしものとあり。 1坂上姓坂上の略也。文華秀麗集に坂今權あり。 2荒木田姓伊勢神宮内宮の社家にして藤原姓なりと甲府の荒木田挑也。内宮權福宣家筋書に「坂·荒木田元興の奇」と、又地下權福宜、内人物忌家系に「坂·天見通命後裔」と見ゆ。猶ほ山田三方に坂方あり、ヤマダ條を見よ。 3桓武平氏關氏流伊勢の豪族にして、關氏の族なり。加太系圖に「近江宇定長の弟·定住(坂藏人、坂家の祖、鹿伏兎〓內梶ヶ坂に住す。織田信長の北畠討伐つぼて、兄と共に出陣して戰功あり)」と。弟證介も坂を氏とす。又鹿伏兎氏の家臣に「坂隼人佐」あり、その子孫今猶ほ存すと。カブト條を見よ。又神戶信孝の家臣に坂仙齋あり、多氣分限帳に見ゆ。加太村の人、國司の侍醫也。又員辨郡の豪族にも此の氏あり。三國地志に「中上堡、按するに坂中務·居守」と載せ、又名勝志に「中上城は一名鼻戶城、中上村字西山に在り。往昔、坂兵右衞門(一に中務に作る)此に居る」(藥名志)と見ゆ。……支庶三家、家紋三桔梗。五百石。十佛は足利尊氏に尊重され、子孫幕府に仕へ、代々·民部卿たり。惟天は信長、秀吉に仕ふ。 5丹波の坂氏氷上郡の名族にして、丹波志に「坂兵衞此者黑井城に仕へ馬の口取也。赤井直政·香良村口地堂が端にて、足立氏芦田氏と合戰の時、直政·足立四九郞に切リ立てられ、手頁ひ、既に危難の時、坂兵衞·直政を背に負ひ、由良の宮地迄立退とあり」と見ゆ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
この名字の人々
同じ読みの名字
坂と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
坂に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「坂」で始まる・坂を含む名字
坂の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が坂の前後にある名字です。
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