巴

大田

おおたOota

全国435位 ・ 約4.7万人

大田(おおた)は、また「太田」に作り、時に「大多」「多田」「邑陀」「多駄」とある。

4件の公開家系図に 1人

基本情報

読み
おおた
ローマ字
Oota
全国順位
全国435位
推計人数
約4.7万人
全国比率
日本人のおよそ0.038%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

大田をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Oota読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「大田」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

  • 巴

    この紋のページ →

    弓を射るとき腕に着ける鞆(とも)を象り、三つを渦に組んだ図案。

『姓氏家系大辞典』第2巻 23コマに「家紋左巴」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 遠江国(静岡県)
  • 武蔵国(東京都・埼玉県)
  • 安房国(千葉県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

大田(おおた)は、また「太田」に作り、時に「大多」「多田」「邑陀」「多駄」とある。『和名抄』は遠江国(静岡県)周智郡に大田郷があり「於保多」と読む。また長下郡に太田○、高山寺本は大田郷に作る。また武蔵国(東京都・埼玉県)埼玉郡に太田○があり「於保太」と注記し、中世は太田庄という。安房国(千葉県)安房郡に太田郷があり「於保太」と注記する。下総国(千葉県・茨城県)○珪郡に大田○、後世は太田村という。 常陸国(茨城県)久慈郡に大田○、美濃国(岐阜県)安八郡および大野郡に大田郷、信濃国(長野県)水内郡に大田○があり「於保多」と注記して、のちに太田庄がある。上野国(群馬県)吾妻郡に大田郷があり「於保太」と読む。出羽国(山形県・秋田県)出羽郡に大田○、播磨国(兵庫県)揖保郡に太田○があって「於保多」と注記し、また同国佐用郡にも大田○がある。備後国(広島県)世羅郡に大田○、讃岐国(香川県)香川郡に大田郷があり「於保多」、後世は太田邑という。筑後国(福岡県)上妻郡に大田○、日向国(宮崎県)諸県郡に大田○がある。 そのほか上総国(千葉県)長柄郡に兼陀○があるが、これは「邑陀」の誤りで、後世は太田という。また石見国(島根県)安濃郡に邑陀○があり、後世は太田という。また肥前国(佐賀県・長崎県)杵島郡に多駄○、但馬国(兵庫県)気多郡に太多○、伯耆国(鳥取県)河村郡に多駄○があるが、これらは「ただ」と読むようである。 庄の名としては武蔵・信濃・越前(福井県)・但馬・備中(岡山県)・備後・紀伊(和歌山県)・讃岐・肥前などにあって、あるいは「大田」と書き、あるいは「太田」と記す。大田氏はこれらの地名を負ったものだが、大田の地名は多く大田部が住んだことから来たもので、大田氏の多くは大田部の子孫と考えられる。ただし後世に称号としたものも少なくない。そしてその系統の多いことは、他に類例を見ないといっても過言ではない。 【1】大田君(景行帝の子孫)― 美濃の豪族である。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

大田オホタ又太田に作リ、時に大多、多田、邑陀、多駄とあり。和名抄、遠江國周智郡に大田郷、於保多と訓ず。又長下郡に太田〓、高山寺本·大田郷に作る。又武藏國埼玉郡に太田〓、於保太と註す、中世太田庄と云ふ。安房國安房郡太田郷、於保太と註す。下總國世珪郡に大田〓、後世太田村と云ふ。常陸國久慈郡に大田〓、美濃國安八郡.及び大野郡に大田郷、信濃國水内郡に大田〓、於保多と註す、東雲に太田庄。上野國吾妻郡に大田郷、於保太と訓ず。出羽國出羽郡大田〓、播磨國揖保郡に太田〓、於保多と註し、又同國佐用郡に大田〓あリ。備後國世羅郡に大田〓、讃岐國香川郡に大田郷、於保多、後世太田邑と云ふ。筑後國上妻郡に大田〓、日向國諸縣郡に大田〓あり。其の他、上總國長柄郡に兼陀〓あリ、邑陀の誤にして後世太田と云ふ。又石見國安濃郡に邑陀〓、後世太田と云ふ。又肥前國杵島郡に多駄〓、但馬國氣多郡に太多〓、伯耆國河村郡に多駄〓、此等はタダなるが如し。庄名としては、武蔵、信濃、越前、但馬、備中、備後、紀伊、讃岐、肥前等にありて或は大田と書し、或は太田と記す。大田氏は此等の地名を負ひしなれど、大田の地名は多く大田部の住居せしより來りしものにして、大田氏の多くは大田部の後裔と考へらる。されど、後世稱號とせしものも亦尠からざるなり。而して其の流派の多き事、他に類例を見ずと云ふも過言にあらず。 1大田君(景行帝裔)美濃の豪族也。

姓氏家系大辞典 第2巻 22コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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