上山

うえやまUeyama

全国670位 ・ 約2.9万人

上山(かみやま/かみのやま)は、下野・陸奥・羽前・美作・阿波・土佐などにこの地名があり、なお前の項と通じて用いられる。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
うえやま
ローマ字
Ueyama
全国順位
全国670位
推計人数
約2.9万人
全国比率
日本人のおよそ0.024%
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

上山をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Ueyama読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 陸奥国(東北地方)
  • 羽前国(山形県)
  • 美作国(岡山県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

上山(かみやま/かみのやま)は、下野(栃木県)・陸奥(東北地方)・羽前(山形県)・美作(岡山県)・阿波(徳島県)・土佐(高知県)などにこの地名があり、なお前の項と通じて用いられる。 【1】清和源氏足利氏流 ― 羽前国村山郡の上山邑から起こり、上山城に拠った。……(中略)山野辺系図には「最上義光―義直(上山兵部丞と号す。二十九歳で卒した)」とある。……後世のこととする。 また『伊達世次考』に「羽州(山形県・秋田県)の上山義房を伐ち、その城に攻め入った。義房の遊心が顕わになったことによる、云々。上山城主義房は、その氏名を知らない。あるいはいう、武衛(最上家をいう)義忠の父である。義忠の子を義節といい、その子・義政は里見に殺されたという」とある。 上山城のことは『風土略記』に「『羽源記』によれば、天正のころ、筑前守源満兼が居住された跡である。最上兼頼(直家の父)の支別で、義光の伯母の聟だが、その仲は不和で、伊達輝宗を頼んで義光に背いた。伊達殿は一旦、満兼に加勢して戦われたが、義光の姉の聟なので、内室の諫めによって義光へ和睦した。義光の臣・氏家尾張守が智謀をもって満兼を殺した。満兼の臣・里見民部へ上山領を下されるとある。 『義光物語』の上山合戦の条下に『里見越後守が在城する』とあるのは、これだろう。慶長五年五月、直江山城守に攻め囲まれたが、ついに陥らなかった。後、里見の家は一門残らず五百余人が義光公の勘気を蒙って立ち退いた。これより義光の五男・兵部大輔義直(一説に光広)が二万千石を領して上山氏と号した。本家改易の時、領知を召し上げられた」とある。 【2】大江姓長井氏流 ― 『尊卑分脈』に……(この先は原文の行が崩れていて読み取れない)

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

上山カミヤマカミノヤマ下野、陸奥、羽前、美作、阿波、土佐等に此の地名あり、猶ほ前條と通じ用ひらる。 1〓和源氏足利氏流羽前國村山郡上山邑より起り、上山城に據る。……山野邊系圖には「最上義光-義直(號上山兵部亟、廿九歳にて卒す)」とあり。:土後世の事とす。また伊達世次考に「羽州上山義房を伐ち、其の城に攻め入る。義房の遊心顯形なるに緣る云々。上山城主義房は其の氏名を知らず。或は曰ふ武永(武衞にて最上家を云ふ)義忠の父也。義忠の子を義節と云ふ、其の子義政、里見の殺す所となると云ふ」と上山城の事は風土略記に「羽源記によれは、天正の比·筑前守源酒兼の居住せられし跡なり。最上兼賴(直家の父)の支別にして、義光の伯母聟なれども、其の中不和にして、伊達昭宗を賴んで、義光に背き、伊達殿·一旦滿兼に加勢し戰はれしかども、義光の姊聟なれば、內室の諫によりて、義光へ和睦す。義光の臣氏家尾張守·智謀を以て滿彙を殺す。満兼の臣里見民部へ上山領を下さるとあり。義光物語の上山合戰の條下に『里見越後守在城す』とあるは、是れなるべし。慶長五五、直江山城守に攻あ圍まれしが終に陥らず。後、里見の家一門殘らず五百餘人義光公の勘氣を蒙り立退く。是れより義光の五男兵部大輔義直、(一云光廣)二萬千石を領して上山氏と號す。本家改易の時、領知を召上らる」とあり。 2大江姓長井氏流尊卑分脈に……

姓氏家系大辞典 第2巻 308コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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